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347円

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基本情報
ジャンルジャパニーズポップスフォーマットCD Maxi
レーベル日本クラウン発売日2012年07月25日
商品番号CRCN-2496発売国日本
組み枚数1

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岡修 / 茅渟の海 【CD Maxi】

2022年01月03日

深見草


「深見草」(ふかみぐさ)は、

ぼたん(牡丹)の異名、

とされ、

たそかれ時の夕顔の花、観るに思ひの深見草、色々様々の花どもを(太平記)、
鉄炮取り直し、真正中(まっただなか)を撃つに、右の手に是を取り、深見草の唇に爾乎(にこ)と笑めるありさま、なを凄くぞ有りける(宿直草)、

等々と使われる。確かに、和名類聚抄(平安中期)に、

牡丹、布加美久佐、

本草和名(ほんぞうわみょう)(918年編纂)に、

牡丹、和名布加美久佐、一名、也末多加知波奈(やまたちばな)、

などとある。しかし、箋注和名抄(江戸後期)は、

この「牡丹」はもともとの「本草」では「藪立花」「藪柑子」のことで、観賞用の牡丹とは別物であるのに、「和名抄」が誤って花に挙げたために、以後すべて「ふかみぐさ」は観賞用の牡丹として歌に詠まれるようになった、

とする(精選版日本国語大辞典)。確かに、「深見草」は、

植物「やぶこうじ(藪柑子)」の異名、

でもある。しかし出雲風土記(733年)意宇郡に、

諸山野所在草木、……牡丹(ふかみくさ)、

と訓じている(大言海)ので、確かなことはわからないが、色葉字類抄(1177~81)は、

牡丹、ボタン、

とある。しかし、

牡丹、

より、

深見草、

の方が、和風のニュアンスがあうのだろうか、和歌では、

人知れず思ふ心は深見草花咲きてこそ色に出でけれ(千載集)、
きみをわがおもふこころのふかみくさ花のさかりにくる人もなし(帥大納言集)、

などと、

「思ふ心」や「なげき」が「深まる」意を掛け、また「籬(まがき)」や「庭」とともに詠まれることが多い、

とある(精選版日本国語大辞典・大言海)。



「ヤブコウジ」は、

藪柑子、

と当て、

アカダマノキ、
ヤブタチバナ、
ヤマタチバナ、
シシクハズ、
深見草、

と呼ばれ、漢名は、

紫金牛、

とある(広辞苑)。別名、

十両、

で、

万両(マンリョウ)、
百両(ヒャクリョウ)、

とともに、サクラソウ科の常緑低木である(千両(センリョウ)はセンリョウ科)。



「牡丹」は、別名、

山橘、
富貴草、
富貴花、
百花王、
花王、
花神、
花中の王、
百花の王、
天香国色、
名取草、
深見草、
二十日草(廿日草)、
忘れ草、
鎧草、
木芍薬、
ぼうたん、
ぼうたんぐさ、

等々、様々に呼ばれる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%82%BF%E3%83%B3_(%E6%A4%8D%E7%89%A9・広辞苑)。

「牡丹」の項で、大言海は、まず、

本草に云へるは、古名、ヤマタチバナ、フカミグサ。即ち今のヤブコウジ。関西にヤブタチバナ、この草、深く林叢中に生じ、葉、実、冬を凌ぐ。故に深見草、山橘の名あり。…木芍薬(牡丹の意)を深見草と云ふは誤れり、

と記し、それと項を改めて、別に、

高さ二三尺、春葉を生じ、夏の初、花を開く、花の径、六七寸に至る、重辨、単辨、紅、白、紫等、形、色、種類、甚だ多し、人家に培養して、花を賞す。花中の最も艷なるものなれば、花王の称あり。……音便に延べて、ボウタン。叉、ハツカグサ。ナトリグサ。富貴草。富貴花。木芍薬、

と書く見識を示す。

箋注和名抄には、

亦名百両金、

というともある(大言海)。

露台に植ゑられたりけるぼうたんの、唐めきをかしき事など宣ふ(枕草子)、

と、

長音化、

した言い方もした(広辞苑)。

安時代に宮廷や寺院で観賞用に栽培され、菊や葵(あおい)につぐ権威ある紋章として多く使われた。江戸時代には栽培が普及し、元禄時代(1688~1704)に出版された《花壇地錦抄》には339品種が記録されている、

とある(世界大百科事典)。



牡丹、

は、漢名。

牡丹自漢以前、無有称賞、僅謝康楽集中、有竹閒水際多牡丹之語、此是花王第一知己也(五雜俎)、

とあり、

花王、

も漢名と知れる(字源)。併せ、

洛陽花、
木芍薬、

も同じとある(仝上)。「牡丹」の由来は、漢語なのだが、

ギリシャ語Botānēを、古代中国で音訳したもの(国語に於ける漢語の研究=山田孝雄)、

とする説しか載らない(日本語源大辞典)。しかし、原産地は、

中国西北部、

とされるhttps://www.yuushien.com/botan-flower/。ギリシャ語由来というのは妙である。おそらく音から訳したのには違いない。箋注和名抄に、

出漢剣南、土人謂之牡丹、

とある。「剣南」は、

唐の時代、郡をやめ州とし、その上に道、その下に県を設けた。初めは十道(河北道、河南道、関内道、隴右道、淮南道、河南道、山南道、江南道、剣南道、嶺南道)、玄宗の時代には十五道とした、

とされる「剣南道」を指すと思われる。場所は、蜀を含む四川省北西部と推測される。この記述が正しければ、現地で、「ボタン」と呼んでいたものを当て字したことになる。



「牡」(慣用ボ、漢音ボウ、呉音」・モ)は、

会意。牡の旁は、土に誤ってきたが、もとは士であった。士は男性の性器のたったさま。のち、男・オスを意味するようになった。牡(ボウ)は「牛+士(おす)」で、おすがめすの陰門をおかすことに着目したことば、

とある(漢字源)。



会意文字です(牜(牛)+土)む。「角のある牛」の象形と「おすの性器」の象形から「牛のおす」の意味を表し、そこから「おす」を意味する「牡」という漢字が成り立ちました、

との説明も同じ意味になるhttps://okjiten.jp/kanji2583.html


(「牡」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji2583.htmlより)

「丹」(タン)は、

会意。土中に掘った井型の枠の中から、赤い丹砂が現れるさまを示すもので、赤いものが現れ出ることを表す。旃(セン 赤い旗)の音符となる、

とある(漢字源)。


(「丹」 https://kakijun.jp/page/0405200.htmlより)

会意。「井」+「丶」、木枠で囲んだ穴(丹井)から赤い丹砂が掘り出される様、

https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%B9

象形。採掘坑からほりだされた丹砂(朱色の鉱物)の形にかたどる。丹砂、ひいて、あかい色や顔料の意を表す、

も(角川新字源)、

象形文字です。「丹砂(水銀と硫黄が化合した赤色の鉱石)を採掘する井戸」の象形から、「丹砂」、「赤色の土」、「濃い赤色」を意味する「丹」という漢字が成り立ちました。

https://okjiten.jp/kanji1213.html、解釈は同じだか、象形と見るか会意文字と見るかが異なる。


(「丹」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%B9より)

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

2022年01月02日

夜光の璧


「夜光」とは、

暗いところで、光を出すこと、

の意だが、

「夜光の璧(やこうのたま)」とは、

夜光る玉、

で、

昔、中国で、随侯の祝元陽が蛇から授かったと伝えられる暗夜でも光るという貴重な璧、

の意である。

今可取捨之由忝有此命、夜光之璧何如琢磨乎(「明衡往来(11世紀中頃)」)、

とある(精選版日本国語大辞典)。また、

南海有珠、即鯨目、夜可以鑒、謂之夜光珠(「述異記(5世紀末)」)、

ともあ(字源)、史記・鄒陽(すうよう)伝に、

故無因至前、雖出隋侯之珠、夜光璧、猶結怨而不見徳、

ともある(大言海)。この「夜光璧」と対比されるのが、

和氏璧(かしのたま)、

である。「和氏」とは、

卞和(べんか)、

の謂いで、「卞和」は、

春秋時代の楚のひと、玉璞を得て、楚の厲王(れいおう)に獻ぜしに、王以て詐と為し、其の左足を刖(あしき)る、武王の時、また獻せしに、又以て詐と為し、其の右足を刖る、文王位に即くに及び、王玉人をして之を琢かしめたるに果たして寶玉を得たりと云ふ、

とある(字源・広辞苑)。「璞」(漢音ハク、呉音ホク、慣用ボク)は、

会意兼形声。菐(ボク)は、荒削りのままの意を含む、

とあり、「璞」は、

あらたま、

と訓み、

未だ磨かれていない玉、

の意である(漢字源)。この璧を、名付けて、

和氏の璧、

といった、という。韓非子に載る逸話である。さらにこの名玉は、

秦の昭王十五城を以て之に代へんことを(趙・惠王に)請へり、故に云ふ、

連城璧(れんじょうのたま)、

とある(字源)。楊炯は、

趙氏連城璧、由来天下傳、送君還舊府、明月滿前川

と詠い(夜送趙縦詩)、

惠王之珠、光能照乗、和氏之璧、価値連城、

とある(成語考)


(前漢時代の楚王墓から出土した璧 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%92%A7より)

ただ、秦の昭王は、十五城を渡さず、危うくただ取りされるところを、趙の使者・藺相如が智謀と勇気によって取り返した、

とされる(故事ことわざの辞典)。

日本では、

夜光璧、

和氏璧、

とが混同され、たとえば、

(和氏璧を)磨かせらるるに、その光天地に映徹して、双びなき玉になりにけり。これを行路に懸けたるに、車十七両を照らしければ、照車の玉(ぎょく)とも名づけ、これを宮殿に懸くるに、夜十二街(がい)を燿(かがや)かせば、夜光の璧(へき)とも名づけたり(太平記)、

と、両者が同一視されている。「照車の玉」は、

「車の前後各十二乗を照らす」(田敬仲完世家)とある珠。卞和の玉とは別のものだが、わが国では早くから同一視された(奥義抄他)、

とある(兵藤裕己校注『太平記』)。藺相如の智謀については、『太平記』に、秦王に面会し、

藺相如、畏まって申しけるは、先年、君王に献ぜし夜光の玉、隠れたる瑕の少し候ふを、かくとも知らせまゐらせで進じ置き候ひし事、第一の落度にて候。凡そ玉の瑕を知らで置きぬれば、つひに主(ぬし)の宝とならぬ事にて候ふ間、趙王、臣をしてこの玉の瑕を君に知らせまゐらせんために、参じて候ふなりと申しければ、秦王、悦びてかの玉を取り出し、玉盤の上に居(す)ゑて、藺相如が前に置かれたり。藺相如、この玉を取って楼閣の柱に押し当てて、劔を抜いて申しけるは、それ君子は言約(げんやく)の堅きこと、金石の如し。そもそも趙王、心飽きたらずと云へども、秦王、強いて十五の城を以てこの玉に替へ給ひき。しかるに、十五の城をも出だされず、また玉をも返し給はらず。これ盗跖が悪にも過ぎ、文成が偽りにも越えたり。この玉、全く瑕あるにあらず、ただ臣が命を玉とともに砕きて、君主の座に血を淋(そそ)かんと思ふゆえに、参じて候ふなりと怒(いか)って、珪(たま)と秦王とをはたと睨み、近づく人あらば、忽ちに玉を切り破(わ)りて、返す刀に腹を切らんと、誠に思ひ切ったる眼差事柄、あへて遮り止むべき様もなかりけり。秦王呆れて言(ことば)なく、群臣恐れて近づかざれば、藺相如、つひに連城の玉を奪ひ取って、趙の国へぞ帰りにける、

とある。事実https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%BA%E7%9B%B8%E5%A6%82とは異なるが、日本では「夜光の玉」と混同していることもよくわかる。藺相如と廉頗(れんぱ)との関係が、

刎頸の交わり、

であるhttp://ppnetwork.seesaa.net/article/468609632.html。また、

完璧、

も、藺相如のこの逸話から生れた、とされる。史記・廉頗・藺相如伝に、

相如曰、願奉璧往、使城入趙、而璧畱(留)秦、城不入、臣請完璧歸趙、

とあり、「完璧」は、

玉をまっとうす、

の意で、

人の物を返す、

に言う(字源)、あるいは、

(藺相如の故事から)大事なことをやり遂げること、
大切なものを取り返すこと、

とある(故事ことわざの辞典)。ただ、わが国では、

きずのない玉、

の意と取り、

欠点がなく、すぐれてよいこと、完全無欠、

の意で使う(広辞苑)



「璧」(漢音ヘキ、呉音ヒャク)は、

会意兼形声。「玉+音符辟(ヘキ、 平ら、薄い)」、

とある(漢字源)。別に、

会意兼形声文字です(辟+玉)。「うずくまる人の象形と針で切りつけた傷の象形と入れ墨をする為の針の象形」(刑罰権を持つ「きみ・君主」の意味)と「3つの玉を縦ひもで貫き通した象形」(「玉」の意味)から、「(きみの持つ)玉」、「玉のように美しい物、立派な物の例え」を意味する「璧」という漢字が成り立ちました、

との解釈もあるhttps://okjiten.jp/kanji2200.html


(「璧」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji2200.htmlより)

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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ラベル:夜光の璧

2022年01月01日

大和説成り立たず


関川尚功『考古学から見た邪馬台国大和説―畿内ではありえぬ邪馬台国』を読む。



本書は、「はじめに」で、

大和は、四周を山に囲まれた適当な広さの盆地、まとまりのある平穏な地域であるといつも感じている。このような感覚からすると、『魏志』に描かれているような、中国王朝と頻繁に通交を行い、また狗奴国との抗争もあるという外に開かれた活発な動きのある邪馬台国のような古代国家が、この奈良盆地の中に存在するという説については、どうにも実感がないものであった。特に、それが証明できるような遺物も、見当たらなかった。
このような経験からみると、これまで邪馬台国大和説というものは、実際の大和や古墳が示す実態とはかなり離れたところで論議が行われているような印象を受ける。

と書き、その疑問を、

これまでわかっている大和の遺跡・古墳の実態を見ていくことで、この地域の持つ特質というものを考えていきたいと思う。それが多くの解釈や理屈よりも、おのずと大和説の可否を示すものと思われる。

と述べる。

橿原考古学研究所の所員として纒向遺跡の発掘調査に携わり、石野博信とともに報告書『纒向』を著した著者による、考古学からみて、

邪馬臺国を大和に比定する説、

が成り立つのかを、検証したところに重みがある。

若井敏明『謎の九州王権』http://ppnetwork.seesaa.net/article/481472191.html

でも触れたことだが、文献上から見ても、

畿内説、

はあり得ないと思っている。ヤマトの王権に続く大和朝廷は、

邪馬臺国、
も、
卑弥呼、

も承知しておらず、中国の史書によってはじめて知った気配である。畿内に邪馬臺国があったとしたら、それはおかしい。村井康彦『出雲と大和』http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163142.htmlでも触れたように、

『魏志倭人伝』で知られた倭の女王卑弥呼の名が、『古事記』にも『日本書紀』にも全く出てこないこと、

しかも、『日本書紀』の著者たちは、中国の史書で卑弥呼の内容も存在も知っていながら、にもかかわらず名を出さなかった、

等々から、卑弥呼が大和朝廷とは無縁の存在である。従って、邪馬台国は大和朝廷とはつながらないのだと思う。

本書では、それを考古学上の遺跡を通して、検証して見せる。

考古学の持つ有効性、

については、大正時代、高橋健自が、その所在地は、当時の政治・文化的な中心地であり、

その文化には支那文化の影響が相応にあったことを徴するに足る地方、

であることと、

後漢乃至魏初の影響を最著しく受けた文化を徴すべき考古学的史料、

が多く認められるかどうか、と述べたことは、今も有効であるとし、著者は、

邪馬台国の位置問題について有効と思われる、二つの方向から考えてみたい、

とし、第一は、

この時期の大和地域の遺跡や墳墓の実態というものが、はたして邪馬台国の所在地として、ふさわしい内容をもっているのかということである。それには大和の主要な弥生時代の遺跡と、庄内式から古墳初めの布留式に中心を置く纏向遺跡の実態を、邪馬台国とそれを取り巻く状況と比較することである。

第二には、

大和には箸墓古墳のような初期の大型前方後円墳が集中するが、これらの古墳と邪馬台国は年代的にどのような関係にあるのか、ということである。

と、問題への斬り込みの視点を置いている。

そして、大和の纏向遺跡、弥生遺跡から見ると、

特に顕著なことは、遺跡内容には直接的な対外交流の痕跡というものが、決定的に欠けているということである。それは北部九州の遺跡と比較するまでもなく、『魏志』にみえる邪馬台国の交流実態とは、およそかけ離れたものであるといえよう、

とし、

3世紀頃の奈良盆地において、北部九州の諸国を統属し、魏王朝と頻繁な交流を行ったという邪馬台国の存在を想定することはできない、

と結論づけている。そして、箸墓古墳をめぐっては、「箸墓」は、日本書紀にも登場し、

倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)の墓、

と記されているのに、『魏志』の記述につながる記載は、神功皇后紀に、『魏志』が引用されるだけで、卑弥呼の名はない。このギャップは、上述のように、ヤマト王権が邪馬臺国も卑弥呼も『魏志』を通してしか知らなかったことを暗示している。そして、箸墓古墳は、

初期の大型古墳グループの中では、他の古墳と大きな時間差は認めがたい、

つまり、

箸墓は最古で最大の大型前方後円墳であっても、他の同時期の大型古墳より突出して古いということではない、

のであり、箸墓古墳は、

4世紀の中で考えるのが適切であり、3世紀まで遡ることは考えられない、

と結論している。それは、箸墓古墳が、他の百舌鳥・古市古墳群と同様に、その被葬者は、

中国史書に倭国王として登場する人物と同じ系列の古墳につながる、大和政権にかかわりがある人物であるとしか言いようがない、

のである、と。そして、「おわりに」で、

大和の状況、特に纏向遺跡と箸墓古墳の内容がある程度分かってきた以上、もはや決着がついたのではないか、というのが間近に見てきた著者の立場である。
また、『魏志』は中国正史であるため、位置問題についても、これまで特に東洋史家を中心とした解釈と大局的な観点により、文献上からは、ほぼ九州説が大勢であるといえるのが主な邪馬台国論考を通鑑してみた感想である。
一貫して大和説を唱えた小林行雄も、「……『倭人伝』に記された内容には、一字一句の疑いをもたないという立場をとれば、邪馬台国の所在地としては、当然九州説をとるほかないのである」と述べているとおりなのである(小林行雄『古墳時代の研究』)。
結論は考古学の視点からみても同じ結論になったものと思っている。考古学であれば、明確な事実をそのまま解釈するのが通例だが、大和説においては「伝世鏡論」などのように、そこに改変なり理屈を加えないと成り立たないため、大勢を変えるまでには至らないという印象である。

と締めくくっている。

参考文献;
関川尚功『考古学から見た邪馬台国大和説―畿内ではありえぬ邪馬台国』(梓書院)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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2021年12月31日

野干


「野干(やかん)」は、

射干、

とも当て(広辞苑)、日本では、

女、……成野干……随夫語而來寐、故名為也(霊異記)、

とあるように、狐の正体がばれたときに夫から、

「来つ寝」(きつね)、

と言われたため、

岐都禰(キツネ)、

という名になったとする説話があり、

汝、前世に野干の身を受けて(今昔物語)

などと、

狐の異称、

とされ、和名類聚抄(平安中期)に、

狐、木豆禰、獣名、射干……、野干、

とある。ただ、中国では、史記・司馬相如伝、子虚賦「射干」註に、

漢書音義曰、射干似狐能縁木、

とあり(大言海)、

狐に似て小さく、能く木に登り、色、靑黄色にして、尾、大なり。狗の如く、羣行し、夜鳴き、聲、狼の如しと云ふ、

野獣の名とされる(広辞苑・大言海)。元々、

漢訳仏典に登場する野獣、

で、

射干(じゃかん、しゃかん、やかん)、
豻(がん、かん)、
野犴(やかん 犴は野生の犬のような類の動物、キツネやジャッカルなども宛てられる)、

とも表記され、狡猾な獣として描かれるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E5%B9%B2とあり、日本の密教においては、

閻魔天の眷属の女鬼・荼枳尼(だきに)が野干の化身、

とされ、平安時代以後、

野干=狐にまたがる姿の荼枳尼天、

となる(仝上)、ともある。

唐の『本草拾遺』に、

仏経に野干あり。これは悪獣にして、青黄色で狗(いぬ)に似て、人を食らい、よく木に登る、

宋の『翻訳名義集』に、

狐に似て、より形は小さく、群行・夜鳴すること狼の如し、

明末の『正字通』に、

豻、胡犬なり。狐に似て黒く、よく虎豹を食らい、猟人これを恐れる、

等々とある(仝上)。中国には生息していなかったため、

狐、貂(てん)、豺(ドール)、

との混同がみられるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E5%B9%B2ようだ。

元来は、梵語の

シュリガーラ(śṛgāla)、

を漢訳する際に、

野干、

と表記されたもので、他に、

悉伽羅、
射干、
夜干、

とも音訳された(仝上)、とある。明治43年(1910)、南方熊楠が、

漢訳仏典の野干は梵語「スルガーラ」(英語「ジャッカル」・アラビア語「シャガール」)の音写である、

旨を、『東京人類学雑誌』に発表した(仝上)。熊楠は、こう書いている。

わが邦で従来野干を狐の事と心得た人が多いが、予が『東京人類学会雑誌』に述べたごとく全く狐と別で英語でいわゆるジャッカルを指す、梵名スリガーラまたジャムブカ、アラブ名シャガール、ヘブライ名シュアルこれらより転訛して射干また野干と音訳されただろう(十二支考)、

そして、既に、

『松屋筆記』に「『曾我物語』など狐を野干とする事多し、されど狐より小さきものの由『法華経疏』に見ゆ、字も野豻と書くべきを省きて野干と書けるなり云々、『大和本草』国俗狐を射干とす、『本草』狐の別名この称なし、しかれば二物異なるなり」といい、『和漢三才図会』にも〈『和名抄』に狐は木豆弥射干なり、関中呼んで野干と為す語は訛なり、けだし野干は別獣なり〉と記す、豻の音岸また忓、『礼記』玉藻篇に君子々々虎豹蛟竜銅鉄を食う猟人またこれを畏るとある、インドにドールとて群を成して虎を困(くる)しむる野犬あり縞狼(ヒエナ)の歯は甚だ硬いと聞く、それらをジャッカル稀に角ある事実と混じてかかる談が生じただろう、西北インドの俗信にジャッカル額に角あるはその力で隠形の術を行うこれを截り取りてその上の毛を剃って置くとまた生えると(1883年『パンジャブ・ノーツ・エンド・キーリス』)。(中略)とにかく周の頃すでに豻てふ野犬が支那にあったところへジャッカル稀に一角ある事などをインド等より伝え、名も似て居るのでジャッカルを射豻また野干と訳したらしい(仝上)、

と(仝上)。「豻」(カン・ガン)は、

胡地(中国の北方)の野狗。又狐に似て喙の黒き野犬、

とある(字源)。


(南方熊楠 『十二支考』にある「ジャッカル(野干)」の画 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E5%B9%B2より)

そしてジャッカルについて、

この野干は狼と狐の間にあるようなもので、性質すこぶる黠(ずる)く常に群を成し小獣を榛(シン やぶ)中に取り囲み逃路に番兵を配りその王叫び指揮して一同榛に入り駆け出し伏兵に捕えしむ、また獲物ある時これを藪中に匿しさもなき体で藪外を巡り己より強きもの来らざるを確かめて後初めて食う、もし人来るを見れば椰子殻などを銜えて疾走し去る、人これを見て野干既に獲物を将(も)ち去ったと惟い退いた後、ゆっくり隠し置いた物を取り出し食うなど狡智百出す、故に仏教またアラビア譚等多くその詐(いつわり)多きを述べ、『聖書』に狐の奸猾を言えるも実は野干だろうと言う、したがって支那日本に行わるる狐の譚中には野干の伝説を多分雑え入れた事と想う、

とも(仝上)。



「野(埜)」(漢音呉音ヤ、漢音ショ、呉音ジョ)は、

会意兼形声。予(ヨ)は、□印の物を横に引きずらしたさまを示し、のびる意を含む。野は「里+音符予」で、横にのびた広い田畑、野原のこと、

とある(漢字源)。



ただ、

会意形声。「里」+音符「予」(だんだん広がるの意を有する)https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%87%8E

と、

形声。里と、音符予(ヨ)→(ヤ)とから成る。郊外の村里、のはらの意を表す(角川新字源)、

とを合わせてやっとわかる解説のように思える。別に、「野」と「埜」を区別し、「野」は、

会意兼形声文字です(里+予)。「区画された耕地の象形と土地の神を祭る為に柱状に固めた土の象形」(耕地・土地の神を祭る為の場所のある「里」の意味)と機織りの横糸を自由に走らせ通す道具の象形(「のびやか」の意味)から広くてのびやか里を意味し、そこから、「郊外」、「の」を意味する「野」という漢字が成り立ちました、

とし、「埜」は、

会意文字です(林+土)。「大地を覆う木」の象形と「土地の神を祭る為に柱状に固めた土の象形」(「土」の意味)から「の」を意味する「埜」という漢字が成り立ちました、

と解釈するものがあるhttps://okjiten.jp/kanji115.html


(「野(埜)」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji115.htmlより)

「干」(カン)は、

象形。二股の棒をえがいたもの。これで人を突く武器にも、身を守る武具にも用いる。また突き進むのはおかすことであり、身を守るのは盾である。干は、幹(太い棒、みき)、竿(カン 竹の棒)、杆(カン てこ)、桿(カン 木の棒)の原字。乾(ほす、かわく)に当てるのは、仮借である、

とある(漢字源)。別に、


(「干」 https://kakijun.jp/page/0331200.htmlより)

象形。二股に分かれた棒で、攻撃にも防御にも用いる。干を持って突き進みおかす。「幹」「竿」「杆」「桿」の原字。「幹」の意から、「十干」や「肝」の意を生じた。「乾」の意は仮借であり、「旱」「旰」は、それを受けた形声文字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B9%B2

象形。先にかざりを付けた盾(たて)の形にかたどる。ひいて、「ふせぐ」「おかす」意を表す(角川新字源)、

などの解釈もある。


(「干」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B9%B2より)

「狐」http://ppnetwork.seesaa.net/article/433049053.htmlについては、
「狐と狸」http://ppnetwork.seesaa.net/article/469977053.html
「狐の嫁入り」大和書房◆今日からはじめる久保田メソッド「天才脳をつくる0歳教育」◆著・久保田競【中古】 幼児教材 子供教材 知育教材 221012
でも触れた。

参考文献;
南方熊楠『南方熊楠作品集』(Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:野干 射干 キツネ

2021年12月30日

向かひ城


脇屋左京太夫(さきょうのだいぶ)義助(よしすけ 新田義貞弟)の兵五千騎、志賀の炎魔堂の辺りにありける敵の向かひ城、五百余ヶ所に火を懸けて(太平記)、

とある、「向かひ城(むかいじろ)」は、

向ひ城、
向城、
対城、

などとも表記するが、

対(たいの)城、

ともいい、戦国期には、多く、

三木城へ取懸けるが名城なるにより一旦に攻上るに事難かるべしとて、四方に附城を丈夫に拵へ秀吉卿に御渡有て、八月十六日には信忠卿惣人数卒して打納給ふ(信長記)、

と、

付城(つけじろ、つけしろ)、

とも呼び、

城攻めのとき、敵の城に相対して築く城、

の意である(兵藤裕己校注『太平記』)。

三木城攻めでは、40以上の付城を築き、三木城南側には付城と付城の間に土塁を設けて、三木城を包囲して兵糧攻めにし、

(毛利の将)西国の住人生石(おいし)中務大輔(なかつかさたいふ)、平島一介、幷(ならび)に紀州(雑賀)の住人土橋平丞、渡辺藤左衛門尉、魁(さきがけ)となり、数万騎案内者を乞い、裡(うら)の手を廻り、大村坂を越え、未明に堀柵(ほりさく)を切り崩し、嶮難を凌ぐところに、三木の士卒懸け合わせ、先づ、兵粮を入れず、谷大膳亮(衛好)が付城(つけじろ)に攻め上り、数剋防戦、火花を散らし、既に外構へに乗り入れ、終に大膳を討つ。秀吉、早々に懸着(かけつ)けらるべきところに、敵一手に働くべきにあらず。北方の襲(おそい)にて南方の行(てだて)あらんと、少し見合はせらるヽ間に、此(かく)の如き註進(ちゅうしん)あり。風に随ふ旗先は敵陣に差し向かい、一刻に懸け渡し、声を同じうして懸かりたり、敵も名ある侍にて、左右(そう)なく太刀場を取られずと、二、三度鑓を合はすと雖も、精兵に突き立てられ、潴(たま)らずして敗北す。然れども、外構へを乗つ取る輩(ともがら)二、三百、出張(でばり)を打ちて支えたり。秀吉、軍兵を二手に分けて、一方は、城を乗つ取るの返りを攻め、片時が間に討ち果たす。又一方の軍兵、麓に至りて追つて行く。其こにて取つて引き返し、鑓前(やりさき)に死する者五、六百。其の中の別所甚太夫、同三太夫、同左近将監、光枝(みつえだ)小太郎、同道夕、櫛橋弥五三、高橋平左衛門、三宅与兵次、小野権左衛門、砥堀(とぼり)孫太夫、以上大将分、此の外、藝州、紀州の諸侍七、八百、首塚を積み上げ置かれたり(播磨別所記)、

と、別所側は兵糧を入れるのに失敗し、

三木の干殺し、

と呼ばれ、数千人の餓死者を出した、といわれる。



「向かふ」は、

向キ合フの約。互いに正面に向き合う意。相手を目ざして正面から進んでいく意、

とある(岩波古語辞典)。「付く」は、

二つ以上のものがぴたりと一つになって離れず、一体化する意。類義語ヨル(寄)は近づく動きそのものに主点を置いていうに対して、ツクは一体化する結果に観念の濃い用法が多い、

とある(仝上)。攻城の、向かい側という意識よりは、より近くという含意になるが、対抗する意よりは、包囲を主眼にすることによって、付城という言い方になったのかもしれない。

付城、

は、

陣城(じんしろ・じんじろ)、

と重なる。「陣城」は、

戦場で、臨時の城を造ること、

だが、

敵城に対して城攻めのために陣城を築く、

と、

付城、

になる(西ヶ谷恭弘『城郭』)。また、

城中より多勢を出してもたやすく曳とりかたし、また寄手よりも多勢をもってせめかかるべき地形ならず。先仕よりをつけ、埋め草をもつて城を一重づつ取るべきとの議定也(信長記)、

とある、

仕寄(しより)、

は、

攻撃する時に、敵に身体を晒して被害が出ぬように濠を掘り、あるいは前線における横の通路としたり、また濠から弓矢や鉄炮で攻撃し、敵の騎馬隊の突撃を防ぐための装置のこと、

とあり(笹間良彦『図説 日本戦陣作法事典』)、濠だけではなく、

竹束・盾・井楼(櫓)を組み、柵を結ぶなどして敵城に接近する法、

を指し、

竹などを大きな束にしたもの、

の意で用いることもある(精選版日本国語大辞典)。この敵城への攻め口をも、

仕寄、

と言い、

寄口(よせぐち)、

とも言い、

濠を掘ったり、矢弾よけの盾・竹束を並べたり、……井楼をつめて攻城の態勢にすることを、

仕寄を付ける、

という(笹間良彦『武家戦陣資料事典』)。つまり、城攻めの第一段階が、

付城を築く、

ことで、第二段階は、城に接近する行動である、

仕寄(しよ)る、

ための構築物を、

仕寄(しより)、

「仕寄」を城の近くに接近させることを、

仕寄を付ける、

といった(世界大百科事典)。


(「向」 https://kakijun.jp/page/0647200.htmlより)

「背向(そがい)」http://ppnetwork.seesaa.net/article/482178677.htmlで触れたように、「向」(漢音コウ、呉音キョウ)は、

会意。「宀(屋根)+口(あな)」で、家屋の北壁にあけた通気口を示す。通風窓から空気が出ていくように、気体や物がある方向に進行すること、

とある(漢字源)。別に、

会意。「宀」(屋根)+「口」(窓 又は 窓に供えた神器)、

ともありhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%90%91、さらに、


(「向」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%90%91より)

象形文字です。「家の北側に付いている窓」の象形から「たかまど」を意味する「向」という漢字が成り立ちました。「卿(キョウ)」に通じ、「むく」という意味も表すようになりました、

との解釈もあるhttps://okjiten.jp/kanji487.html


(「城」 https://kakijun.jp/page/0932200.htmlより)

「城」(漢音せい、呉音ジョウ)は、

会意兼形声。成は「戈(ほこ)+音符丁(打って固める)」の会意兼形声文字で、とんとんたたいて、固める意を含む。城は「土+音符成」で、住民全体をまとめて防壁の中に入れるため、土を盛って固めた城のこと。『説文解字』(後漢・許慎)には、

城とは民を盛るもの、

とある(漢字源・角川新字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%9F%8E)。ただ、


(「城」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%9F%8Eより)

会意兼形声文字です(土+成)。金文では、土の部分が「望楼(遠くを見渡すだけに作られた背の高い建物)」の象形でした。のちに、「土地の神を祭る為に柱状に固めた土」の象形(「土」の意味)と「斧のような刃のついた矛の象形と釘の頭からみた象形」(「まさかりで敵を平定する・安定させる」の意味)から、土を盛り上げ、人を入れて安定させる事を意味し、そこから、「しろ」、「きずく」を意味する「城」という漢字が成り立ちました、

との解釈もあるhttps://okjiten.jp/kanji1029.html)。


(「城」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji1029.htmlより)

参考文献;
西ヶ谷恭弘『城郭』(近藤出版社)
笹間良彦『図説 日本戦陣作法事典』(柏書房)
笹間良彦『武家戦陣資料事典』(第一書房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

2021年12月29日

根機


「根機」は、

根器、
根気、

とも当て(岩波古語辞典)、本来、仏教用語で、

衆生の、教法を受けるべき性質・能力、

の意で、

人の根機下される故なり(沙石集)、

と、

仏の教化を受けるとき発動することができる能力または資質、

という意味であり(精選版日本国語大辞典)、

機根、

とも、

機、

とも言われる(仝上)が、その意味を広く取って、

楠、いよいよ猛き心を振るひ、根機を尽くして、左に打って懸かり(太平記)、

と、

忍耐する気力、
気根、

の意でも使う。

「機根」は、

気根、

とも当て、やはり仏教用語で、

その機根をはからひて、上人もかくすすめけるにや(十訓抄)、

と、

仏の教えを聞いて修行しえる能力のこと、また、仏の教えを理解する度量・器のことで、さらには衆生の各人の性格をいうhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%9F%E6%A0%B9

とか、

一般の人々に潜在的に存在し、仏教にふれて活動しはじめる一種の潜在的能力のこと(ブリタニカ国際大百科事典)、

の意であり、仏教においては、

弟子や衆生のこの機根を見極めて説法することが肝要で、非常に大事である、

とされhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%9F%E6%A0%B9、各種経典において、

利根(りこん) - 素直に仏の教えを受け入れ理解する人
鈍根(どんこん) - 素直に仏の教えを受け入れず理解しにくい人

などとも説かれている(仝上)、とある。

「機根」は、「根機」同様に、

かの亡者は生得(しやうとく)機根の弱気人(ロザリオの経)、

と、

気力、
根性、

の意でも使い、一般にいう

根性、

は、この機根に由来する言葉であるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%9F%E6%A0%B9とされ、

根性の根とは能力、あるいはそれを生み出す力・能生(のうしょう)のこと、性とは、その人の生まれついた性質のことを意味する、

とある(仝上)。さらには、

ちと機根の落つる御薬を、申し請けたきよし申せば(咄「昨日は今日」)、

と、

精力、性欲、

の意にまで使う。用例から見ると、

時代機根に相萌して、因果業報の時至るゆゑなり(太平記)、

と、もっとひろく、

時勢と気運、

の意でも使われる(兵藤裕己校注『太平記』)。

「機微」http://ppnetwork.seesaa.net/article/403855330.htmlで触れたように、「機」自体が、類聚名義抄(11~12世紀)に、

機、アヤツリ、

とあり、

千鈞の弩(いしゆみ)は蹊鼠(けいそ)の為に機を発せず(太平記)、

と、

弩のばね、転じて、しかけ、からくり、

の意で使われるだけではなく、

迷悟(凡夫と佛)機ことなり、感応一に非ず(性霊集)、

と、

縁に触れて発動される神的な能力、
素質、
機根、

の意や、

一足も引かず、戦って機已に疲れければ(太平記)、

と、

気力、
元気、

の意でも使われている(岩波古語辞典)。「機」は、

縁に遇えば発動する可能性をもつもの、

の意http://labo.wikidharma.org/index.php/%E6%A9%9Fとあり、

仏の教法を受け、その教化をこうむる者の素質能力。また教化の対象となる衆生、

をいい、これを法または教と連称して機法、機教という(仝上)、とあり、『法華玄義』に、機の語義を、

微(仏の教化によって発動する微かな善を内にもっている)、
関(仏が衆生の素質能力に応じてなす教化、即ち仏の応と相関関係にある)、
宜(仏の教化に宜しくかなう)、

の三義を挙げる(仝上)、とある。

機は必ず何らかの根性(根本となる性質、資質)をもつ、

から機根或いは根機といわれるというわけである(仝上)。さらに、

機の語が表われる場面には一つの法則がある。それは仏(あるいは菩薩)と衆生という関係において、機と法(仏のはたらき)の相応関係が論ぜられる場合、

とあるhttps://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/DD/0013/DD00130R025.pdf。まさに、

機縁、

つまり、

仏の教えを受ける衆生の能力と仏との関係(縁)、

である。「機」に、

御方(みかた)の疲れたる小勢を以て敵の機に乗ったる大勢に懸け合って(仝上)、

と、

物事のきっかけ、
はずみ、
時機、

の意で使う所以はある。

「根」もまた、

根気、
性根、

と使うように、仏教用語の、

能力や知覚をもった器官、

を指し(日本大百科全書)、

サンスクリット語のインドリヤindriyaの漢訳で、原語は能力、機能、器官などの意。植物の根が、成長発展せしめる能力をもっていて枝、幹などを生じるところから根の字が当てられた、

とあり(仝上)、外界の対象をとらえて、心の中に認識作用をおこさせる感覚器官としての、

目、耳、鼻、舌、身、

また、悟りの境地を得るために優れた働きがある能力、

信(しん)、精進(しょうじん)、念(ねん)、定(じょう)、慧(え)、

を、

五根(ごこん)、

という(広辞苑・仝上)。因みに、目、耳、鼻、舌、身に意根(心)を加えると、

六根、

となる(精選版日本国語大辞典)。



「根」(コン)は、

会意兼形声。艮(コン)は「目+匕(ナイフ)」の会意文字で、頭蓋骨の目の穴をナイフでえぐったことを示す。目の穴のように、一定のところにとまって取れない意を含む。眼(目の玉の入る穴)の原字。根は「木+音符艮」で、とまって抜けない木の根、

とある(漢字源)が、

木のねもと、ひいて、物事のもとの意を表す、

ともある(角川新字源)。別に、

会意形声。「木」+音符「艮」。艮はとどまるの意味。木を土に留める「ね」の意味となった、

ともhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A0%B9

会意兼形声文字です(木+艮)。「大地を覆う木の象形」と「人の目を強調した象形」(「とどまる」の意味)から植物の地中にとどまるもの、すなわち「ね」を意味する「根」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji420.html


(「根」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji420.htmlより)

「機分」http://ppnetwork.seesaa.net/article/484789500.html?1639339910で触れたように、漢字「機」(漢音キ、呉音ケ)は

会意兼形声。幾(キ)は、「幺二つ(細かい糸、わずか)+戈(ほこ)+人」の会意文字で、人の首に武器を近づけて、もうわずかで届きそうなさま。わずかである、細かいという意を含む。「機」は、「木+音符幾」で、木製の仕掛けの細かい部品、僅かな接触で噛み合う装置のこと、

とあり(漢字源)、漢字「機」には、

はた、機織り機、「機杼」、
部品を組み立ててできた複雑な仕掛け、「機械」、
物事の細かい仕組み、「機構」「枢機(かなめ)」、
きざし、事が起こる細かいかみあい、「機会」「契機」「投機」、
人にはわからない細かい事柄、秘密、「機密」「軍機」、
勘の良さ、細かい心の動き、「機知」「機転」、

といった意味があり(仝上)、和語「機」が、強く漢字の意味の影響を承けていることがわかる。


(「機」 https://kakijun.jp/page/ki200.htmlより)

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:根機 機根

2021年12月28日

藪に眴(めくは)す


「藪に眴(めくは)す」は、

佐渡判官入道道誉、これを聞きて、すはや、悪(にく)しと思ひつる相模守(細川清氏)が過失は、一つ出で来にけるとは、と独り咲(え)みして、藪に眴(めくは)し居たる処に(太平記)、

とあり、

蔭でめくばせする、事が秘密であることを示す、

と、注記される(兵藤裕己校注『太平記』)が、

藪の方に向かってめくばせする、

意味で、

よそ見をする、

意とも、

薮にらみ、

の意とも、また、

事が秘密であることを示す動作、

の意ともある(故事ことわざの辞典)。和訓栞には、

やぶにめくばせ、……よそ見して居る体なり、

とある(仝上)ので、本来は、

よそ見、

の意なのかもしれない。「やぶにらみ」は、

藪睨み、

と当て、文字通り、

斜視、

の意から、それをメタファに、

見当違いな見方、

の意で使う。その意味で、

よそ見、

とは重なるが、

事が秘密であることを示す動作、

とはつながらない。ここからは憶説だが、

藪に目、

という諺がある。

壁に耳、

と同義で、

秘密などの漏れやすい喩え、

として使う。その意味で、

秘密の目くばせ、

の意につながったのではないか、という気がする。

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眴(めくは)す、

は、

目食はすの意(岩波古語辞典)、
目と目を食ひ合はする意と云ふ(大言海)、
目交わすの転か(大言海)、
メは目の意。クハセは交す意(類聚名物考・俗語考・言元梯)、

と、

目を食ふ、
か、
目を交はす、

と、

目の合図、
目を合わせる、

といった意であるが、

中古には、目で合図することを「めをくはす」「めくはす」と言った。「め」は目、「くはす」は、「食はす」で、目を合わせる意を表す、

とある(日本語源大辞典)。

「めをくはせる」は中世には用いられなくなり、「めくはす」「めくはせ」の形のみが残った、

とあり(仝上)、

中世末(室町時代)には第二音節が濁音化した「めぐはせ」も使われ、近世前期には第三音節を濁音化する「めくばせ」があらわれた、

とある(仝上・岩波古語辞典)。色葉字類抄(1177~81)、

眴、メクハス、

とあり、類聚名義抄(11~12世紀)には、

眴旬、マシロク、メクハス、又、同瞬、

とあり、また、

室町中期~後期の『宗祇袖下(そうぎそでした)』には、

めくはせとは、目にて心を通はす事、

とあるが、同じ室町期の『和漢通用集』には、

眴、めぐわせ、

とある(岩波古語辞典)。同じ近世でも、

このあぶれ者等も、大蔵なるべしとて、目くはせたるを見て(「春雨物語(1808)」)、

もあり、

喜之介はふすまのかげ今や出でん今や出でんと、たがひにめくばせきをかよはし(「浄瑠璃・嫗山姥(1712頃)」)、

もある。併用されていたと思われるが、明治以降、

「もう此儘出掛けよう、夜が明けても困る」と、西宮は小万に眴(メクバ)せして(広津柳浪「今戸心中(1896)」)、

と、

めくばせ、

になる。なお、

互いに目を交わす、

というところから「めくばせ」とほぼ同意の、

めまじ(目交)、
めまぜ(目交)、

も用いられていたが、現在では「めくばせ」が一般的である(精選版日本国語大辞典)、とある。

「眴」(ケン・シュン、ジュン)は、

目が動く、

意だが、そこから、

項梁眴籍曰、可行乎(史記)、

と、

めくばせする、

意と、

目がくらむ、
またたく、

意とに広がったようである(字源)。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

2021年12月27日

うろこ


「うろこ」は、「甍」http://ppnetwork.seesaa.net/article/484637308.html?1638389230で触れたように、従来、「かわら」の語源は、その形態上の類似から、

その葺いた様子が鱗(うろこ)に似ているから、イロコ(鱗 ウロコの古名)の転(和語私臆鈔・俗語考・名言通・和訓栞・柴門和語類集・日本古語大辞典=松岡静雄・国語の語根とその分類=大島正健)、

と、「鱗(いろこ)」との関係で説明されることが多かったが(日本語源大辞典)、

高く尖りたる意と云ふ、棟と同義、鱗(イロコ)の転など云へど、上古、瓦と云ふものあらず、

というように(大言海)、

上代においては「甍(いらか)」が必ずしも瓦屋根のみをさすとは限らなかったことを考慮すると、古代の屋根の材質という点で、むしろ植物性の「刺(いら)」に同源関係を求めた方がよいのではないかとも考えられる、

とされる(日本語源大辞典)、とした。



「うろこ」は、

鱗、

と当てるが、

いろこ、

とも、

うろくづ(ず)
いろくづ(ず)、

とも、

こけ、
こけら、

とも訓ませる。「うろこ」の語源と関わる。

「うろこ」は、

うろくづ、

ともいうが、

山野の蹄(ひづめ=けだもの)、江海の鱗(うろくづ)(沙石集)、

と、転じて、

魚、

の意でも用いる(岩波古語辞典)。

古くは、「うろこ」は、

魚鱗(いろこ)のごと造れる宮室(みや)(古事記)、

と、

いろこ、

で(広辞苑)、「うろこ」は、その、

いろこの転、

とされる(岩波古語辞典・大言海)。

「いろこ」は、

イロは、魚(イヲ)ロの約(あをそ、あさ(麻))、ロは助辞、コは甲(カハラ)の略転か(カメの子)(大言海)、
イヲコ(魚甲)の転(言元梯)、
イは、イヲ(魚)の下略。ロは付字、コはこまかなるの下略(日本語源=賀茂百樹)、

などとする説があるが、

いろこ、

で、

頭垢、

と当てて、

和名類聚抄(平安中期)に、

頭垢、謂之雲脂(ふけ)、加之良(かしら)乃安加、一云、伊呂古(いろこ)、

十巻本和名抄(934頃)に、

雲脂 墨子五行記云 頭垢謂之雲脂 〈和名 加之良乃安加 一云以呂古〉、

とある。で、確かに、

鱗(イロコ)に似たれば云ふか、

と(大言海)、「鱗(いろこ)」から意味を広げたとも見えるが、逆に、

古くは、鱗(うろこ)・雲脂(ふけ)、また皮膚病の際掻くと出る粉をもイロコと呼ぶことから、イロはざらざらした小粒のものの意で、コは小の意味か、

とする説も可能になる(日本語源大辞典)。

うろくづ、

に転訛した、

いろくづ、

は、和名類聚抄(平安中期)に、

鱗、以呂久都(いろくづ)、俗云、伊呂古、魚甲也、

十巻本和名抄(934頃)に、

鱗 唐韻云鱗〈音隣 伊路久都 俗云伊侶古〉魚甲也、

とあるが、これも、「うろこ」の意から、「うろくづ」同様、

宇治河の底にしずめるいろくづを網ならねどもすくひつるかな(栄花物語)、

と、

魚、

意でも用いる。この語源を、

イロコのイロに、モクヅ(藻屑)のクヅ、小魚のことにもあるか(大言海)、
イロはイヲの転か。クヅは類の意か(古語類韻=堀秀成)、
魚はうろこに色があるから、色屑の義(和句解)、

などと、魚と絡める説もあるが、「いろくづ」も、

イロはざらざらした細かいものの意で、クヅは屑かという。もともと鱗(うろこ)を意味する語で、同義のイロコと併用される一方、より正式の語として意識されていたらしい。のちに魚類を表すようになり、13世紀ころには鱗の意味はイロコが表すようになる、

とあり(日本語源大辞典)、和名類聚鈔に、

呂久都(いろくづ)、俗云、伊呂古、

とあるのが、それを裏付ける。俗に言っていた「いろこ」が「いろくづ」にとって代わったものと思われる。で、

14世紀ころからウロクヅが見えはじめ、16世紀には優勢となり、イロクヅは文章語・歌語などにもちいられる雅語となった、

とあり(仝上)、

イロクズからウロクズへと語形変化が起こったのは中世で、近世までにはウロクズの方が優勢となる、

ともある(精選版日本国語大辞典)。また、

青森を除く東日本ではコケ・コケラが鱗を意味する語として分布するが、すでに若年層では用いないものも多く、廃語化の様相を呈する地域もある。なお、近世の江戸ではウロコを用いるが、これは多く三角形をあらわし、鱗の意味ではコケを用いた、

ともある(仝上)。「鱗」を、

こけ、

と訓むのは、

こけら(鱗)の下略、

で、

魚、蛇の甲、杮葺(こけらぶき)の形に似れば云ふ、

とある(大言海)。

東京では略してコケと云ふ、

とある(仝上)。

今も俗に、蛇、又、魚の鱗を、コケと云ふ(東雅)、
魚鱗、ウロコ、コケ、江戸(本草綱目啓蒙)、

などとある。

「鱗」(リン)は、

会意兼形声。粦(リン)は、連なって燃える燐の火(鬼火)を表す会意文字。鱗はそれを音符とし、魚を加えた字で、きれいに並んでつらなるうろこ、

とある(漢字源)。別に、

会意兼形声文字です(魚+粦)。「魚」の象形(「魚」の意味)と「燃え立つ炎の象形と両足が反対方向を向く象形」(「左右にゆれる火の玉」)の意味から、「左右にゆれる火の玉のように光る魚のうろこ」を意味する「鱗」という漢字が成り立ちました、

との解釈もあるhttps://okjiten.jp/kanji2354.html


(「鱗」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji2354.htmlより)

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

2021年12月26日

一炊の夢


覚めて枕の上の眠(ねぶ)りを思へば、わづか午炊一黄粱の間を過ぎざりけり。客、ここに、人間百年の楽しみも、枕頭片時の夢なることを悟りて(太平記)、

を、

楊亀山が日月を謝する詩に曰く、
少年より学に勧(つと)めて志須(すべか)らく張(ちょう)すべし、
得失由来一夢長し、
試みに問ふ邯鄲枕を欹(そばだ)つる客、
人間幾度(いくたび)か黄粱を熟する(「勉謝自明」)、
これを、邯鄲午炊の夢とは申すなり(仝上)、

と表現するのは、

邯鄲の枕
邯鄲の夢、
邯鄲の夢枕、
黄粱の夢、
黄梁一炊の夢、
盧生の夢、

等々、さまざまに言われる、唐の沈既済撰(李泌(りひつ)作)『枕中記』(ちんちゅうき)の、

官吏登用試験に落第した盧生という青年が、趙の邯鄲で、道士呂翁から栄華が意のままになるという不思議な枕を借りて寝たところ、次第に立身して富貴を極めたが、目覚めると枕頭の黄粱(こうりょう)がまだ煮えないほどの短い間の夢であった、

という故事に由来する(広辞苑)。その夢は、たとえば、

みるみる出世し嫁も貰い、時には冤罪で投獄され、名声を求めたことを後悔して自殺しようとしたり、運よく処罰を免れたり、冤罪が晴らされ信義を取り戻したりしながら栄旺栄華を極め、国王にも就き賢臣の誉れを恣にするに至る。子や孫にも恵まれ、幸福な生活を送った。しかし年齢には勝てず、多くの人々に惜しまれながら眠るように死んだ、ふと目覚めると、

とかhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%82%AF%E9%84%B2%E3%81%AE%E6%9E%95

仕官して、貶せられ、又、徴(め)されて、終に、官、中書令に陞(のぼ)り、燕國公に封ぜられ、子あり、孫あり、八十余年にして終はると見て、夢覚むれば、

とか(大言海)、そして、目覚めると、

盧生欠伸而寤。見方偃於邸中、顧呂翁在傍。主人蒸黄粱尚未熟。触類如故。蹶然而興曰、豈其夢寐耶。翁笑謂曰、人世之事亦猶是。生然之。良久謝曰、夫寵辱之数、得喪之理、生死之情、尽知之矣。此先生所以窒吾欲也、敢不受教。再拝而去(盧生欠伸(けんしん)して寤(さ)む。見れば方(まさ)に邸中(ていちゅう)に偃(ふ)し、顧みれば呂翁(りょおう)傍らに在り。主人黄粱(こうりょう)を蒸して尚(な)お未(いま)だ熟せず。触類(しょくるい)故(もと)の如(ごと)し。蹶然(けつぜん)として興(お)きて曰(いわ)く、豈(あ)にそれ夢寐(むび)なるか、と。翁笑いて謂いて曰く、人世の事も亦た猶お是くのごとし、と。生、これを然(しか)りとす。良(やや)久しくして謝して曰く、夫(か)の寵辱(ちょうじょく)の数(すう)、得喪(とくそう)の理、生死の情、尽(ことごと)くこれを知れり。これ先生の吾が欲を塞(ふさ)ぐ所以(ゆえん)なり、敢て教えをうけざらんや、と。再拝して去る)

https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/kotowaza34

うたた寝をする間に、50余年の富貴を極めた一生の夢、

を見たことになる。だから、

人生の栄枯盛衰のはかないことの喩え、

として使われる(広辞苑)。


(黄粱一炊図(渡辺崋山の絶筆) https://j-art.hix05.com/32.2.kazan/kazan21.koryo.htmlより)

南柯(なんか)の夢、

とも言われるが、これは、唐の李公佐の小説「南柯太守伝」の、

淳于棼(じゅんうふん)が、酔って邸内の槐(えんじゅ)の下で眠り、大槐安(だいかいあん)国からの使者に導かれて穴の中へ入り、大槐安国へ至り、国王の娘を娶り、国王から南柯郡(「柯」とは、枝という意味)の長官に封ぜられ、それから二〇年を過ごした夢を見る。目が覚めて、槐の木の下を見ると、蟻の穴が二つあり、その一つには大蟻が王として住み、もう一つは、槐の木の南に向いた枝へと通じていて、それが南柯郡であった、

による(故事ことわざの辞典・広辞苑)が、

淳于棼家居廣陵、宅南有古槐樹、棼醉臥其下、夢、二使者曰、槐安國王奉、棼随使人穴中、見榜、曰大槐安國、其王曰、吾南柯郡政事不理、屈卿、為守理之、棼至郡凡二十載、使送歸、遂覚、因尋古槐下穴、洞然明朗、可容一榻、有一大蟻、乃王也、又、尋一穴、直上南柯、即棼所守之郡也、

とあり(異聞集)、詳細は、陳翰「大槐宮記」にある、とある(大言海)。いずれにせよ、「盧生の夢」と似た話である。

南柯の一夢、
南柯の一睡、

ともいう(故事ことわざの辞典)。人の一生の儚さを、

天上の五衰、人間(じんかん)の一炊、ただ夢とのみぞ覚えたるに(太平記)、

と、天上と対比する言い方もある。

五衰、

とは、

天人が死に臨んで現わす衰相、

と注記され(兵藤裕己校注『太平記』)、

六道最高位の天界にいる天人が、長寿の末に迎える死の直前に現れる5つの兆し、

ともあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E4%BA%BA%E4%BA%94%E8%A1%B0が、天界の神々である天人(デーバdeva)の命が終ろうとするとき、

その身体に五つの衰えが表れる、

のをいい、経説によって差異があり、涅槃経では、

衣服垢穢(いふくくえ 衣服が垢で汚れる)、
頭上華萎(ずじょうけい 頭にかぶっている華(はな)の冠がしおれる)、
身体臭穢(しゅうえ 身体が臭くなる)、
腋下汗流(えきけかんる 腋(わき)の下から汗が流れる)、
不楽本座(ふらくほんざ 自らの位置を楽しまなくなる)、

の五つとされるが、増一阿含経では、

華冠自萎、
衣裳垢、
腋下流汗、
不楽本位、
王女違叛、

仏本行集経では、

頭上花萎、
腋下汗出、
衣裳垢膩、
身失威光、
不楽本座、

と、微妙に異なる(日本大百科全書・デジタル大辞泉)。

時移り、事去りて、世の代はり行く有様は、天人の五衰に異ならず(平家物語)、

と、世の変化に兆しをみる。

参考文献;
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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2021年12月25日

八入


「八入(やしほ)」は、

吾妹子が形見(かたみ)がてらと紅の八塩(やしほ)に染めておこせたる衣の裾もとほりて濡れぬ(万葉集)、

と、

八塩、

とも当てるようだ(精選版日本国語大辞典)。

何回も染汁に浸してよく染めること、
濃くよく染まること、

また、

そのもの、

の意で、

やしほぞめ、

とも言う(広辞苑・仝上)。

「や」は多数の意、「しお」は染色のとき染汁につける回数を表わす接尾語、

とある(仝上)。


(「八」 https://kakijun.jp/page/0208200.htmlより)

「八つ当たり」http://ppnetwork.seesaa.net/article/455872576.html
「真っ赤な嘘」http://ppnetwork.seesaa.net/article/455851358.html?1514491886
などで触れたように、「や(八)」は、

ヨ(四)と母音交替による倍数関係をなす語。ヤ(彌)・イヤ(彌)と同根、

とあり(岩波古語辞典)、「八」という数の意の他に、

無限の数量・程度を表す語(「八雲立つ出雲八重垣」)、

で、

もと、「大八洲(おほやしま)」「八岐大蛇(やまたのおろち)」などと使い、日本民族の神聖数であった、

とする(仝上)が、

此語彌(いや)の約と云ふ人あれど、十の七八と云ふ意にて、「七重の膝を八重に折る」「七浦」「七瀬」「五百代小田」など、皆數多きを云ふ。八が彌ならば、是等の七、五百は、何の略とかせむ、

と(大言海)、「彌」説への反対説はある。しかし、

副詞の「いや」(縮約形の「や」もある)と同源との説も近世には見られるが、荻生徂徠は「随筆・南留別志(なるべし)」において、「ふたつはひとつの音の転ぜるなり、むつはみつの転ぜるなり。やつはよつの転ぜるなる、

としている(日本語源大辞典)ので、

ひとつ→ふたつ、
みつ→むつ、
よつ→やつ、

と、倍数と見るなら、語源を、

ヤ(彌)・イヤ(彌)と同根、

とするのには意味がなくなるのではないか。また、「七」との関係では、

古い伝承においては、好んで用いられる数(聖数)とそうでない数とがあり、日本神話、特に出雲系の神話では、「夜久毛(やくも)立つ出雲夜幣賀岐(ヤヘガキ)妻籠みに 夜幣賀岐作る 其の夜幣賀岐を」(古事記)の「夜(ヤ)」のように「八」がしきりに用いられる。また、五や七も用いられるが、六や九はほとんどみられない、

とあり(日本語源大辞典)、「聖数」としての「八」の意がはっきりしてくる。「八入」には、そう見ると、ただ、多数回という以上の含意が込められているのかもしれない。

正確な回数を示すというのではなく、古代に聖数とされていた八に結びつけて、回数を多く重ねることに重点がある、

とある(岩波古語辞典)のはその意味だろう。

また、「しほ(入)」は、

一入再入(ひとしおふたしお)の紅よりもなほ深し(太平記)、

と使うが、その語源は、

潮合の意にて、染むる浅深の程合いに寄せて云ふ語かと云ふ、或は、しほる意にて、酒を造り、色に染むる汁の義かと云ふ、

としかない(大言海)。

潮合ひ、

とは、

潮水の差し引きの程、

つまり、

潮時、

の意である。染の「程合い」から来たというのは、真偽は別に、面白い気がする。ただ、

八潮をり(折)、

と、

幾度も繰り返して醸造した強烈な酒、

の意でも使われるので、それが「八入」の染からきたのかの、先後は判別がつかない。さらに、

八鹽折之紐小刀(古事記)、

と、

幾度も繰り返して、練り鍛ふ、

意でも使う(大言海)のは、メタファとして使われているとみていいのかもしれないが。

さて、「八入」は、染の回数の意から、やがて、

竹敷のうへかた山は紅(くれなゐ)の八入の色になりにけるかも(万葉集)、

と、

色が濃いこと、
程度が深く、濃厚であること、
また、その濃い色や深い程度、

の意でも使われ、さらに、

露霜染めし紅の八入の岡の下紅葉(太平記)、

と、

八塩岡、

と、紅葉の名所の意として使われ、「八入」は、

紅の八しほの岡の紅葉をばいかに染めよとなほしぐるらん(新勅撰和歌集)、

と、

紅葉、

の代名詞ともなり、さらに「八入」は、

見わたしの岡のやしほは散りすぎて長谷山にあらし吹くなり(新六帖)、

と、

紅葉の品種、

の名となり、

春の若葉、甚だ紅なれば名とし、多く庭際に植えて賞す。夏は葉青く変ず、樹大ならず、

とある(大言海)。


(「八」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%ABより)

「八」(漢音ハツ、呉音ハチ)は、

指事。左右二つにわけたさまを示す(漢字源)、

指事。たがいに背き合っている二本の線で、わかれる意を表す。借りて、数詞の「やつ」の意に用いる(角川新字源)、

象形文字です。「二つに分かれている物」の象形から「わかれる」を意味する「八」という漢字が成り立ち、借りて、数の「やっつ」の意味も表すようになりましたhttps://okjiten.jp/kanji130.html

などと説明される。


(「入」 https://kakijun.jp/page/0207200.htmlより)

「入」(慣用ジュ、漢音ジュウ、呉音ニュウ)は、

指事。↑型に中へ突き進んでいくことを示す。また、入口を描いた象形と考えてもよい。内の字に音符として含まれる、

とある(漢字源)。ために、

象形。家の入り口の形にかたどり、「いる」「いれる」意を表す(角川新字源)、
象形。「入り口」の象形から「はいる」を意味する「入」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji177.html)、

と、象形説もある。


(「入」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%A5より)

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

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ラベル:八入 八塩

2021年12月24日

なま


生兵法、

と使う、接頭語の「なま」は、

これも今は昔、有る人のもとに、なま女房のありけるが(宇治拾遺物語)、

と、

新参の女房、

の意で使ったり(中島悦次校注『宇治拾遺物語』)、

今はむかし、人のもとに宮づかへしてあるなま侍ありけり(仝上)、

と、

若侍の、

意で使ったりと、

未熟、不完全、いい加減、の意、それらの状態に対して好感をもたない場合に使うことが多い、

とある(岩波古語辞典)。

生兵法、
なま道心、
なま聞き、

という使い方は、その意である。今日、

生放送、

と使うのは、名詞「なま」の、

生野菜、

というときの、

動植物を採取したままで、煮たり、焼いたり、乾かしたりしないもの、

つまり、そのままの状態の意から来ていると思われる。これは、

生の声、

というように、

材料に手を加えない、

意や、

今は昔、京に極めて身貧しき生者(なまもの)ありけり(今昔物語)、

と、

一人前でない、未熟、

の意でも使い、その延長で、

くちばしも翼もなくて、なまの天狗なるべし(御伽物語)、

と、

中途半端、不完全、

の意でも使うが、この反映か、接頭語「なま」も、

何やらんなま白き物うちかつぎて(おようの尼)、
なま心やましきままに(源氏物語)、

などと、

度合いが不十分な意から、

中途半端に、なんとなく、わずかながら、

の意へ転じている。「なまじっか」http://ppnetwork.seesaa.net/article/441764979.htmlの「なまじひ(い)」も、

ナマは中途半端の意。シヒは気持ちの進みや事の進行、物事の道理に逆らう力を加える意。近世の初期まで、ナマジヒ・ナマシヒの両形あった。近世ではナマジとも、

とある(岩波古語辞典)し、

なまなか(生半)、

も、

中途半端、

の意になる。

なまめく、

は、

生めく、
艷めく、

と当てるが、この場合は、

ナマは未熟・不十分の意。あらわに表現されず、ほのかで不十分な状態・行動であるように見えるが、実は十分に心用意があり、成熟しているさまが感じとられる意。男女の気持のやり取りや、物の美しさなどにいう。従って、花やかさ、けばけばしさなどとは反対の概念。漢文訓読系の文章では、「婀娜」「艷」「窈窕」「嬋娟」などをナマメク・ナマメイタと訓み、仮名文学系での用法と多少ずれて、しなやか、あでやかな美の意。中世以降ナマメクは、主として漢文訓読系の意味の流れを受けている、

とあり(岩波古語辞典)、「なまめく」は、本来は、ちょっと「奥ゆかしい」ほのかに見える含意である。


(「生」 https://kakijun.jp/page/0589200.htmlより)

接頭語「なま」を、厳密に、頭につく品詞によって、

なま心苦し、
なまやさしい、
なまわろし、
なま若い、
なまあたたか、

などと、

動詞、形容詞、形容動詞などの用言の上に付くと、

すこしばかり、中途はんぱに、

の意、

なま女房、
なま受領、
なま学生、

などと、

人を表わす名詞の上に付けて、その人物が形の上ではその名詞の表わす地位とか身分を備えていても、実体はそれに及ばない未熟な状態であることを示す。後世には、他人を軽蔑するような意味の名詞に付けて、その気持を強めるような用い方もし、

なま煮え、
なま焼き、
なま聞き、
なまかじり、

と、

動詞の連用形の変化した名詞の上に付けて、その名詞の表わす動作が中途はんぱである、

意と、整理するものがある(精選版日本国語大辞典)。確かに分かりやすいが、これだと、結果であって、プロセスの意味の変化が見えなくなる気がする。

なま侍、

を、

生侍、

ではなく、

青侍(なまさむらい)有りて道を行くに(宿直草)、

と、「青」を当てる場合がある。もちろん、同じ意で、

妻も子もなくてただ一人ある青侍(あおざむらい)ありけり(宇治拾遺物語)、

とも使う。いずれも、

若侍、

の意だが、

未熟、

の含意がある。「あを(お)」は、

青梅、
青びょうたん、

など、

木の実などが、十分に熟していないこと、

を表わすが、そのメタファで、

青二才、
青臭い、
靑女房(あおにょうぼう)、

と、

若い、
未熟、

の意を表す(広辞苑)。なお、「あを」http://ppnetwork.seesaa.net/article/429309638.htmlについては触れた。

「生」(漢音セイ、呉音ショウ)は、

会意。「若芽の形+土」で、地上に若芽の生えたさまを示す。生き生きとして新しい意を含む、

とある(漢字源)。ただ、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)には、

土の上に生え出た草木に象る、

とあり、現代の漢語多功能字庫(香港中文大學・2016年)には、

屮(草の象形)+一(地面の象形)で、草のはえ出る形、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%94%9Fため、

象形説。草のはえ出る形(白川静説)、
会意説。草のはえ出る形+土(藤堂明保説)、

と別れるが、

象形。地上にめばえる草木のさまにかたどり、「うまれる」「いきる」「いのち」などの意を表す(角川新字源)、
象形。「草・木が地上に生じてきた」象形から「はえる」、「いきる」を意味する「生」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji33.html

とする説が目についた。甲骨文字を見る限り、どちらとも取れる。


(「生」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%94%9Fより)

「青(靑)」(漢音セイ、呉音ショウ)は、

会意。「生(あおい草の芽生え)+丼(井戸の中に清水のたまったさま)」で、生(セイ)・丼(セイ)のどちらかを音符と考えてもよい。あお草や清水のようなすみきったあお色、

とある(漢字源)。



ただ、
会意。「生」+「丼」(井戸水)で音もいずれのものとも同じ(藤堂)。又は、「生」+「丹」(顔料のたまった井戸。cf.青丹(あおに)https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9D%92

会意形声。丹(井の中からとる染料)と、生(セイ)(は変わった形。草が生えるさま)とから成り、草色をした染料、「あお」「あおい」意を表す(角川新字源)、

会意兼形声文字。「草・木が地上に生じてきた」象形(「青い草が生える」の意味)と「井げた中の染料(着色料)」の象形(「井げたの中の染料」の意味)から、青い草色の染料を意味し、「あおい」を意味する「青」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji137.html

などと、「染料」を特記する説が多い。


(「青」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9D%92より)

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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2021年12月23日

天維坤軸


敵御方の時の声、……四方三百里に響き渡って、天維も忽ち落ち、坤軸も砕けて傾(かたぶ)くかとぞ聞こえける(太平記)、

とある、

天維(てんい)、

は、

天を支える綱、

坤軸(こんじく)、

は、

地軸、

の意である(兵藤裕己校注『太平記』)。

「維」は綱の意、

とあり(広辞苑)、

天綱、

ともいう(字源)。

天が落ちないように支えているとされる綱、

とされる(広辞苑)。

天を支えるおおもと、

ともある(仝上・字源)。漢代の『淮南子(えなんじ)』に、

天維建元、常以寅始、

とあり(字源)、『後漢書』延篤傳に、

不知天之為蓋、地之為輿、

と、

天蓋、

という言葉があり、

天を覆う蓋を支えている、

と見なしたものではないか、と推測する。

坤軸、

は、

矢叫びの声、時の音(こえ)、暫くも止む時なければ、大山崩れて、海に入り、坤軸折れて地に流るらんとぞ覚えし(太平記)、

と、

大地の中心を貫いて大地を支えていると想像される軸、

で(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、

地の中心、

とある(字源)。杜甫の詩に、

殺気南行動坤軸

とある(仝上)。

天地、

の意では、

剣戟、刃を合はする響き、姓名を揚げて檄(げき)する声、乾坤に達す(太平記)、

と、

乾坤、

という言葉がある。「乾坤」は、

易の卦の名、

であり、

乾は、天、男の義と成し、坤は、地、女の義と成す、

とある(大言海)。『易経』周易説卦伝に、

乾天也、故称乎父、坤地也、故称乎母、

とある。さらに、同周易繋辞上傳に、

天尊地卑、乾坤定矣、

ともある。

礒山嵐・奥津浪、互に響を参へて、天維坤軸もろともに、斷へ砕ぬとぞ聞へける。竜神是にや驚き給けん。節長(ふしたけ)五百丈ばかりなる鮫大魚(こうたいぎょ)と云ふ魚に変じて、浪の上にぞ浮出たる。頭は師子の如くにして、遥なる天に延び上がり、背は竜蛇の如くにして、万頃(ばんけい)の浪に横れり(太平記)。

にある、

鮫大魚(こうたいぎょ)、

は、

高大魚(こうだいぎょ)、
鮫大魚(こうだいぎょ)、

とも呼ばれ、『史記』秦始皇本紀・始皇37年(紀元前210年)に、始皇帝は船に乗ってみずから連弩を持ち、之罘(シフ 山東省の半島名)で大魚を発見して射殺した、との記述がある【送料込】ゆかりペン&あかりペンセット ネコポス便【配送日時指定不可】【同梱不可】 三島食品 ゆかりペン&あかりペン 2本セット【配送日時指定不可】【同梱不可】【送料込】ネコポス便


(「天」 https://kakijun.jp/page/0441200.htmlより)

「天知る」http://ppnetwork.seesaa.net/article/484881068.html?1639944897で触れたように、

「天」(テン)は、

指事。大の字に立った人間の頭の上部の高く平らな部分を一印で示したもの。もと、巓(テン 頂)と同じ。頭上高く広がる大空もテンという。高く平らに広がる意を含む、

とある(漢字源)。指事文字は、形で表すことが難しい物事を点画の組み合わせによって作られた文字であるhttps://kanjitisiki.com/info/006-02.html


(「維」 https://kakijun.jp/page/1481200.htmlより)

「維」(漢音イ、呉音ユイ)は、

会意兼形声。隹(スイ)は、ずんぐりと重みのかかった鳥。維は「糸(つな)+音符隹」で、下方に垂れて押さえ引っ張る綱、

とある(漢字源)が、

形声。糸と、音符隹(スイ)→(ヰ)とから成る。物をつり下げるつな、ひいて「つなぐ」意を表す。借りて、助字に用いる、

と、形声文字(意味を表す文字(漢字)と音(読み)を表す文字(漢字)を組み合わせてできた漢字)とする説も(角川新字源)、


(「維」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji1128.htmlより)

会意兼形声文字です(糸+隹)。「より糸」の象形と「尾の短いずんぐりした小鳥と木の棒を手にした象形(のちに省略)」(「一定の道筋に従う」の意味)から、「一定の道筋につなぎ止める」、「つなぐ」、「しばる」を意味する
「維」という漢字が成り立ちました、

と解説する説https://okjiten.jp/kanji1128.htmlもある。因みに、会意文字は、既存の複数の漢字を組み合わせて作られた文字https://kanjitisiki.com/info/006-03.html、会意兼形声文字は、

会意文字と形声文字の特徴を併せ持つもの。六書にはない造字法であるが、従来形声文字と分類されていたものが、その音を表す文字も類縁の文字を選んでいるという事実から造字法として区分するようになっている、

とあるhttps://www.weblio.jp/content/%E4%BC%9A%E6%84%8F%E5%85%BC%E5%BD%A2%E5%A3%B0%E6%96%87%E5%AD%97



「坤」(こん)は、

会意。「土+申」で、上に伸びないで逆に土の中に引込むこと、

とある(漢字源)。



「軸」(漢音チク、呉音ジク)は、

会意兼形声。「車+音符由(中から抜け出る)」で、車輪の中心の穴を通して外へ抜け出ている心棒、

とある(漢字源)が、別に、

形声。車と、音符由(イウ)→(チク)とから成る。二つの車輪をつなぐ心棒の意を表す、

とも(角川新字源)、


(「軸」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji1305.htmlより)

会意兼形声文字です(車+由)。「車」の象形と「底の深い酒ツボ」の象形(「よる(もとづく)」の意味)から、回転する車のよりどころとなる部分「じく」を意味する「軸」という漢字が成り立ちました、

と解釈するものhttps://okjiten.jp/kanji1305.htmlもある。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
高田真治・後藤基巳訳『易経』(岩波文庫)

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2021年12月22日

生活史


木村礎『村の生活史―史料が語るふつうの人びと』読む。



本書は、

生活史、

を、「村」に限定して、

近世、
近現代、

を取り上げている。というか、

生活史、

とはこういうものだと、「生活史」のモデルを示した、

生活史の教科書、

といった趣である。全体に三章で構成され、第一章は、歴史学の中でも、

天下国家の歴史学、

とは別の、

日常生活の歴史学、

である「生活史」の、

対象と方法、

を整理し、第二章では、具体的な、

生活史像、

を、

村のはじまり、
村のおきて、
村と坪、
勘次一家の食・住・衣、
村人の金ぐり、
鈴木はつ女の一代記、
村医者のカルテ、
悪いやつら、
村の強盗、
ある老人の逮捕と客死、

という十の事例で提示している。第三章は、過去の生活史研究の、

研究史、

になっている。この構成を見ても、

生活史の教科書、

といった意味が納得できるはずである。

生活史、

とは、

ごくふつうの人々の日常生活を中心に据え、それをさまざまな社会関係との関連において研究する歴史学、

と、著者は定義している。そして生活史の基本は、

衣食住等の日常性と社会関係、

にある、とする。つまり、それは、

その過去を時間的に特定できない、

と同時に、現実の人間生活の実像とかけ離れた、牧歌的な常民像を描く、

民俗学、

とも、また、

無方法、「外的」「好事家的」、

でしかない、

風俗史、

とも異なり、

日常生活上の目に見える事物と、目には見えないが確実に存在するさまざまな社会関係(村や家族、さらには国家等々)の双方を描こうと志す歴史学、

である、とする。言ってみれば、

牧歌的な「遠野物語」の背景には、年貢を取り立てる藩権力があり、もし年貢の未進者となれば、『近世農民生活史』http://ppnetwork.seesaa.net/article/484021704.htmlで触れたように、

「皆済まで庄屋またはそれに代るべき者を人質として抑留するという所もあり、小倉藩では手永手代(大庄屋管轄区域)手代(代官配下)が出張して取り調べ、未進者が数日の延期を願い出て方頭(ほうず 組頭)以下組合(五人組)の者が保証すれば帰宅を許し、さもなければ手錠をかけて庄屋役宅に監禁する。その間に親類組合仲間にて融通がつけば放免されるが、永年未進が続けばそれを償却することは不可能になり、ついに本人が逃走すなわち欠落するようになる。」

あるいは、年貢を未進した場合には、籠舎されるのが普通であったが、

「金沢藩ではまず手鎖をかけて取り逃がさないようにして、のちに禁牢の処分をしている。熊本藩では在中の会所に堀を掘って水をたたえ、中央に柱を立て、未進百姓をそれに縛りつけて苛責した。」

とまである。当人が欠落すれば、その咎が残された組の者、庄屋にも及ぶことになるのである。

「普通の生活」を描くというのは、それが、こうした国家の機構、社会制度を背景として成り立っている、という当たり前のことを前提に、重層的に描かなければ、一面的に過ぎるということだ。その意味で、第二章で描かれる、

さまざまな生活史像、

の中に、

幕府役人による弾圧、

や、

幕府出先役人である関東取締出役の悪業、

も、直接間接に農民の生活を左右することをまざまざと思い知らせてくれる。

なお、幕藩体制下の農民、ないし農村社会のありようについては、
藤野保『新訂幕藩体制史の研究』http://ppnetwork.seesaa.net/article/470099727.html
渡邊忠司『近世社会と百姓成立』http://ppnetwork.seesaa.net/article/464612794.html
菊池勇夫『近世の飢饉』http://ppnetwork.seesaa.net/article/462848761.html
深谷克己『百姓一揆の歴史的構造』http://ppnetwork.seesaa.net/article/474047471.html
水林彪『封建制の再編と日本的社会の確立』http://ppnetwork.seesaa.net/article/467085403.html
速水融『江戸の農民生活史』http://ppnetwork.seesaa.net/article/482114881.html?1624300693
山本光正『幕末農民生活誌』http://ppnetwork.seesaa.net/article/482424187.html
成松佐恵子『名主文書にみる江戸時代の農村の暮らし』http://ppnetwork.seesaa.net/article/482868152.html?1628622396
児玉幸多『近世農民生活史』(吉川弘文館)http://ppnetwork.seesaa.net/article/484021704.html
でそれぞれ触れた。

参考文献;
木村礎『村の生活史―史料が語るふつうの人びと』(雄山閣出版)
児玉幸多『近世農民生活史』(吉川弘文館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
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2021年12月21日

管見


吾少信管見、老而彌篤(何承天、答顔永嘉書)、

と使う、

「管見」は、

管(くだ)を通して見る、

意で、

狭い見識、
自分の見識や見解を謙遜して言う語、

であり、

以管窺天、以針刺地、所窺甚大、所見者甚少(説苑)、

と、

管窺(かんき)、

ともいう(広辞苑)。

高材(逸材)に対してかやうな事を申せば、管を以て天を窺ひ、途(みち)を聴き巷(みち)に説く風情にて候へども(太平記)、

と、

管を通して天を窺う、

からきている。


(扁鵲(へんじゃく) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%81%E9%B5%B2より)

因みに、上記の、

途(みち)を聴き巷(みち)に説く、

は、『論語』陽貨篇の、

子曰、道聴而塗説、徳之棄者也(道を聴きて塗(みち 道のこと)に説くは、徳をこれ棄つるなり)、

の、

道ばたで聞きかじってきたことを、自説のように道ばたで説く、

の意である。

この、

管を以て天を窺う、

は、『史記』扁鵲伝の、

扁鵲(へんじゃく)仰天歎曰、夫子之爲方也、若以管窺天、以郄視文、

と、

管を以て天を窺い、郄(げき 隙間)を以て文(あや)を視るが如し、

とあるのによるhttps://kanbun.info/koji/kanwomo.html。扁鵲は、名医として知られ、『史記』扁鵲伝で、

医師で脈診を論ずる者はすべて扁鵲の流れを汲む、

とされるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%81%E9%B5%B2ので、

夫子之爲方也(夫子(ふうし)の方を爲す)、

ことについて、「管見」と為すのは、なかなか重い自戒とみられる。これは、また、

管を用いて天を窺う、
用管窺天、

ともいう(広辞苑)。

用管闚天(カンヲモツテテンヲウカガフ)、

ともいい、『荘子』秋水に、

是直用管窺天、用錐指地也、不亦小乎、

ともある(字源・故事ことわざの辞典)。で、

管闚(かんき)、
用錐指地、
以蠡測海(いれいそくかい)、

などともいう、とある(字源)。「蠡」は、

ひさご(ヒョウタンを割って作った器)、

の意https://www.kanjipedia.jp/kanji/0007276300で、

蠡測(レイソク)、

とも言う(仝上)。これは、漢の東方朔の「答客難」に、

以筦窺天、以蠡測海、以筳撞鐘、

とあるのによる(精選版日本国語大辞典)。「筦」は、

竹製の管、

「筳」は、

竹や木の小枝、

の意http://fukushima-net.com/sites/meigen/1504。「蠡」には、

ほら貝、

の意もあるhttps://www.kanjipedia.jp/kanji/0007276300が、

法螺貝(ほらがい)で海水を汲んで、はかるここと、

とある(精選版日本国語大辞典)のは、如何なものか、

ひさご、

の方が、妥当だろう。

蠡測、

も、史記・扁鵲の「管見」別バージョンということになる。


(「管」 https://kakijun.jp/page/1478200.htmlより)

「管」(カン)は、

会意兼形声。「竹+音符官(屋根の下に囲ってある人)」。丸く全体に行き渡るの意を含む、

とある(漢字源)が、

会意形声。「竹」+音符「官(屋敷に囲われている人)」、丸く囲われる中空の棒状のもの(くだ)をいう。「つかさどる」「とりまとめる」の意は、「丸く囲う」の意からか、または「官」からの派生とも、

ともありhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%AE%A1、別に、

形声。竹と、音符官(クワン)とから成る。竹に穴をあけた「ふえ」の意を表す。また、「くだ」の意に用いる、

との解釈(角川新字源)、


(「管」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji553.htmlより)

形声文字です(竹+官)。「竹」の象形と「家屋・祭り用の肉」の象形(軍隊の留まる役所の意味だが、ここでは、「貫(かん)」に通じ(同じ読みを持つ「貫」と同じ意味を持つようになって)、「つらぬく」の意味)から竹の「くだ」・「ふえ」を意味する「管」という漢字が成り立ちました、

との解釈https://okjiten.jp/kanji553.htmlなどもある。

参考文献;
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
貝塚茂樹訳注『論語』(中公文庫)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)

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2021年12月20日

天知る


ただ二人して言ふ事だに、「天知る、地知る、汝知る、吾知る」と云へり。況や、これ程の大勢が集まって、云ひ囁く事なれば、なじかは隠れあるべき(太平記)、

というように、

誰も知るまいと思っても天地の神は照覧し、自分も知り、それをしかけるあなたも知っていることだ。隠し事というものはいつか必ず露顕するものだ、

の意で、悪事の隠蔽をいさめる例言などとして用いられる(精選版日本国語大辞典)。

出典は、『後漢書』楊震列伝。

至夜懷金十斤、以遺震。震曰、故人知君、君不知故人、何也。密曰、暮夜無知者。震曰、天知、神知、我知、子知、何謂無知。密愧而出、

で、

(王密は)夜になって、金十斤を懐にし、楊震に賄賂として贈ろうとした。楊震が、「私は君の人となりを知っているのに、君が私の人となり(賄賂を受け取る人間ではない)を知らないのはどういうことだ」というと、王密は「日も暮れて誰も知るまい」といった。楊震は「天も、神も、私も、あなたも知っている。誰も知らないとどうして言えるんだ」といった。王密は恥じ入ってそのまま部屋を出た、

などと訳される(https://ja.wiktionary.org/wiki/・精選版日本国語大辞典等々)。

天知、神知、我知、子知、

が元。「子」は、

二人称の代名詞、

とされ、また、

人、

の意でもあり(漢字源)、

天知る、地知る、我知る、人知る、
天知る、地知る、子知る、我知る、

等々ともいわれる(仝上)。さらに、『十八史略』の時代には、

「神」を「地」として伝わる、

とされ、

天知る、地知る、我知る、汝知る、

ともいう(仝上)。

中国語では、

天知地知你知我知、

と表記されるらしい(仝上)。


(「天」 https://kakijun.jp/page/0441200.htmlより)

天知、神知、吾知、子知、

故に、

四知(しち)、
楊震の四知、

とも言い、『後漢書』楊震伝の賛に、

震畏四知、秉去三惑、

とあるのにより、

ここをもって、やうしんは四知をはぢてとらず(「九冊本宝物集(1179頃)」)、

と使われる(精選版日本国語大辞典)。

秉去三惑(へいきょさんわく)、

は、後漢の楊秉(ようへい)が、常に「三つの誘惑」を絶ったという故事で、楊秉(ようへい)は、上記の楊震の子、

常に三つの不惑を有す、

と、己が戒めとしていたという(不惑は、酒・女色・財である)。つまり、父は、四知を畏れ、子は三惑を去った、というのが賛の意図らしいhttps://gonsongkenkongsk.blog.fc2.com/blog-entry-603.html

天知、神知、吾知、子知、

の類義句に、

天網恢恢疎にして漏らさず、

がある。「天網恢恢」http://ppnetwork.seesaa.net/article/438205191.htmlで触れたように、もとは『老子』に、

天網恢恢、疎而不失、

とあるのによる。

天の道は、争わずして善く勝ち、言わずしてよく応じ、召さずしておのずから来たり、繟然(せんぜん)として善く謀り、天網恢恢、疎にして失わず、

とあり、

自然の運行というものは、素晴らしく懐が深く、大きなもので、その道に従ってさえいれば、争わなくても勝つようになり、相手に言わなくても、自分の意図が通じ、必要と思えば、呼ばなくても訪ねてくるものです。自然のはかりごとは、人の考えよりずっと壮大なものです、

だから、

疎にして失うことはない、

と。これが載る章(七十三章)は、

敢えてするに勇なれば則ち殺(さつ)、敢えてせざるに勇なれば則ち活(かつ)。此の両者は、或いは利、或いは害。天の悪(にく)む所は、孰(たれ)かその故(こ)を知らん。是を以て聖人は猶お之を難しとす。天の道は、争わずして善く勝ち、言わずして善く応じ、召さずして自(お)のずから来たり、繟然(せんぜん)として善く謀る。天網は恢恢、疎にして失わず、

とあり、

人為的な刑罰よりも自然の裁きに任せて無為の政治を行うべきこと、

を述べているとされる。とすると、天はわかっているのだから、

天意を迎えて利害を揣(はか)るは、其の已(や)むるに如かず(列子)、

ということらしい。

「天」(テン)は、

指事。大の字に立った人間の頭の上部の高く平らな部分を一印で示したもの。もと、巓(テン 頂)と同じ。頭上高く広がる大空もテンという。高く平らに広がる意を含む、

とある(漢字源)。


(「天」 金文・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%A9より)

別に、

象形。人間の頭を強調した形からhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%A9

指事文字です。「人の頭部を大きく強調して示した文字」から「うえ・そら」を意味する「天」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji97.html

指事。大(人の正面の形)の頭部を強調して大きく書き、頭頂の意を表す。転じて、頭上に広がる空、自然の意に用いる(角川新字源)、

等々ともある。

参考文献;
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
吉川幸次郎監修『老子』(朝日新聞社)

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2021年12月19日

アインシュタイン方程式を読む


深川峻太郎『アインシュタイン方程式を読んだら「宇宙」が見えた―ガチンコ相対性理論』を読む。



俺だって数式が読めるかっこいい男になりたい! 分不相応な野望を抱いたド文系オヤジが、数式世界の最高峰ともいえるアインシュタイン方程式を読み解く旅に出た。「さがさないでください」という一通の書置きをのこして。はたして彼は、この数式に何が書かれているかを読むことができるのか? 予定調和なしの決死行を見守りながら相対性理論がわかってしまう、世界初の数式エンターテインメント!(アマゾンの本書の紹介)

とか、

「数式を知らずして、宇宙がわかるものか!」 突然そんな激情に駆られた男(50代・文系)は、「数式でできたエベレスト」登頂をめざして、若きシェルパ1人を伴い無謀な旅に出た。……(おそらく)史上初の数式ドキメンタリー、ここに誕生!(カバーの文句)、

というのが、本書の謳い文句である。現に、五十代の文系編集者の、

嗚呼、わかりたい。ちょっとでいいから、数式で宇宙がどう書かれているのかをわかってみたい──そう思うのが人情だろう。だって、彼らは自分と同じ人間なのだ。しかも間違いなく、ものすごく面白いことを研究している。ならば、交流したいじゃないか。カタコトでいいから、同じ言葉でお喋りしてみたいじゃないか(プロローグ)、

ということから思いついたのが、本書の企画である。

「宇宙について書かれた数式を、毛嫌いせずに読んでみるのだ。」

とはじまるのである。読むのを目指したのは、アインシュタインの、

一般相対性理論の重力方程式、


である。各部は、


となっている。これを順次読んで行こうというのである。

その登山の準備項目というのがある。

特殊相対性理論の基本原理と時空図、
k計算法を用いた特殊相対性理論の解法、
不変間隔とローレンツ変換、
4元ベクトルと特殊相対論的運動論、

「登山の準備だけで体を壊しそうである。というか、これ、最初から登山じゃん」

と、著者が嘆くわけである。そして、

特殊相対性理論、

に入って行くために、

ガリレオの相対性原理、

から始めていく。

ガリレオの相対性原理では「ガリレイ変換」、特殊相対性原理では「ローレンツ変換」、一般相対性原理では「一般座標変換」と、それぞれの相対性原理では異なる座標転換を行う、

ということで、「準備」の部で、

第1章 ガリレオの相対性原理
第2章 時間の延びとローレンツ変換
第3章 距離と時間と不変間隔
第4章 4元ベクトルとE=mc2、

を経て、漸く、アインシュタインの方程式を読む登山の部に至り、

第5章 一般座標変換と共変微分
第6章 リーマン曲率テンソルとメトリック
第7章 測地線方程式とエネルギー・運動量テンソル

を積み重ねて、


に至り、
第8章 アインシュタイン方程式、

を登頂することになる。著者は言う。

「とくに一般相対論ワールドに踏み込んでからは、接続と微分、測地線方程式、エネルギー・運動量テンソル……などなど、よくわからないところを次々と『わかったこと』にしながら山頂をめざした。勉強を始める前は『これは入門ではなく冒険だ!』などと嘯いてみたものの、結局のところ自力での登頂はかなわず、途中で何度もへりに乗せてもらって難所をスキップしたのだから情けない。冒険とは名ばかりで、実際は甘っちょろい体験ツアーに参加したようなものである。」

と。とはいえ、アインシュタインの方程式が予言した、

重力波、

をめぐって、

「アインシュタインが『あるわけがない』と考えたブラックホールから、アインシュタインが『あるはずだ』と考えた重力波が届けられたのだから、実にスリリングな成り行きである。
 そして、いまの私がそこにぞくぞくするようなスリルを感じられるのは、数式でアインシュタイン理論に取り組んだからこそだろう。」(エピローグ)

と書くのは、体験したものにしか分からない「見える世界」があるからなのだろうと、羨望を禁じ得ない。傍から見ているだけでは岡目八目とはいかない。

参考文献;
深川峻太郎『アインシュタイン方程式を読んだら「宇宙」が見えた―ガチンコ相対性理論』(ブルーバックス)

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2021年12月18日

鷸蚌之争


「鷸蚌之争」(いっぽうのあらそい)は、

鷸蚌相挿む、

とも言い(日本大百科全書)、

鷸蚌相挟んで、烏その弊(つい)えに乗る(太平記)、
名越尾張守高家(鎌倉幕府の総大将)、戦場に於て命を墜(お)としし後、(尊氏は)始めて義卒(官軍)に与して、丹州に軍(いくさ)す。天誅命を革(あらた)むるの日、兀(たちまち)鷸蚌の弊えに乗じて、快く狼狽が行を為す(仝上)、

と、

鷸蚌の弊(つい)え、

とも言う。

漁夫の利、

と同義で、

鷸(しぎ)と蚌(はまぐり)とが争いに夢中になっている間に両方とも漁師に取られたという故事から、二人が利を争っている間に、第三者にやすやすと横取りされて、共倒れになるのを戒めた語、

とある(広辞苑)。

出典は『戦国策』の、

趙且伐燕、蘇代為燕謂惠王曰、今日臣來過易水、蚌方出暴、而鷸喙其肉、蚌合而箝其喙、鷸曰今日不雨、明日不雨、卽有死蚌、蚌亦謂曰、今日不出、明日不出、卽有死鷸、両者不肯相捨、漁者得而幷擒之、今趙且伐燕、燕趙久相支以敝大衆、臣恐強秦之爲漁父也、燕王曰、善、乃止、

である(字源)。

趙且に燕を伐たんとす。蘇代、燕の為に惠王に謂ひて曰はく、今者臣来たりて易水を過ぐ。蚌方に出でて曝す。蚌合して其の喙を箝む。鷸曰く今日雨ふらず、明日雨ふらずんば、即ち死蚌有らんと。蚌も亦鷸に謂ひて曰はく、今日出でず、明日出でずんば、即ち死鷸有らん。両者、相舎つるを肯ぜず。漁者得て之を并せ擒(とら)ふ。今趙且に燕を伐たんとす。燕と趙久しく相支へ、以て大衆を敝れしめば、臣強秦の漁父と為らんことを恐るるなり。故に王の之を熟計せんことを願ふなり、

https://tactical-media.net/%E9%B7%B8%E8%9A%8C%E3%81%AE%E4%BA%89%E3%81%84/、その諫言に従い、出兵をやめた。

漁夫之利、

と表記される、

漁父の利、

も、同じ出典から来た。

中国語では、

鷸蚌相争、

というhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%B7%B8%E8%9A%8C%E3%81%AE%E4%BA%89%E3%81%84、とある。


(「鷸」 https://kakijun.jp/page/EA5A200.htmlより)

「鷸」(漢音イツ、呉音イチ)は、

会意兼形声。矞(イツ)は、素早く避けるとの意を含む。鷸はそれを音符とし、鳥を加えた字、

とある(漢字源)。「鷸蚌」と使う場合、「しぎ」の意だが、「鷸冠」と、「かわせみ」(「翡翠」ともいう)の意である。なお、「しぎ」に当てる「鴫」は、国字である。



「蚌」(慣用ボウ、漢音ホウ、呉音ボウ)は、

会意兼形声。丰(フウ、ボウ、ホン)は、三角形にあわさる意を含む。蚌はそれを音符とし、虫を添えた字で、二枚の殻の頂点があわさり、横から見て三角形をなす貝、

とあり(漢字源)、「蚌貝」というと、黒い二枚貝で、湖沼などの泥の中に棲む、からすがい、どぶがいを指し、「蚌蛤(ボウコウ)」というと、「蛤(コウ)」とも当てる、ハマグリ、を指す。

参考文献;
簡野道明『字源』(角川書店)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
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2021年12月17日

玄鳥


「玄鳥」は、

つばめの異称、

である。禮記に、

仲春之月、玄鳥至、

とある(字源・大言海)。



「玄」(漢音ケン、呉音ゲン)は、

会意。「糸+一印」。幺(細い糸)の先端がわずかにのぞいてよく見えないさまを示す、

とあり(漢字源)、

「幻」と同系、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%8E%84


(「玄」 https://kakijun.jp/page/0586200.htmlより)

「玄」は、

幽玄、

というように、

仄暗くてよく見えないさま、
奥深くて暗いさま、

の意だが、

玄色、
玄雲、

というように、

黒、

の意でもある。

玄は、黒なり、黒鳥の意なるか、

とある(大言海)のは、その意である。

「つばめ」http://ppnetwork.seesaa.net/article/458420611.htmlで触れたように、和語「つばめ」を、和名類聚抄(931~38年)で、

燕、豆波久良米、

本草和名(ほんぞうわみょう)(918年編纂)で、

燕、玄鳥、都波久良米、

字鏡(平安後期頃)で、

乙鳥、豆波比良古、

と、

つばくら、
つばくろ、
つばくらめ、

などとも呼び、

くら、
くろ、

を、

黒、

とする説と重なってくる。

簡狄(かんてき)感玄鳥之至。神霊福助前鑒既明者歟(源平盛衰記・厳島願文)、

とある、

玄鳥之至、

は、二十四節気の第五の三月節(清明)(旧暦2月後半から3月前半)の初候、つまり七十二候(二十四節気をさらに約5日ずつの3つに分けた期間)の、

燕が南からやって来る、

意の、

玄鳥至(つばめきたる)、

を指す。

4月4日から4月8日頃(旧暦2月後半から3月前半)、

になる。それと対になるのが、二十四節気の第十五の八月節(白露)(旧暦7月後半から8月前半)の末候、つまり七十二候の、

燕が南へ帰って行く、

意の、

玄鳥去(つばめさる)、

の、

9月17日から9月21日頃(旧暦7月後半から8月前半)、

になるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E5%8D%81%E4%BA%8C%E5%80%99

「玄」については、上述の字源説とは別に、

象形。黒い糸をたばねた形にかたどる。くろい、ひいて、おくぶかい意に用いる(角川新字源)、

象形。黒い糸をたばねた形にかたどる。くろい、ひいて、おくぶかい意に用いるhttps://okjiten.jp/kanji1318.html

とする説もある。「金文」の字をみると、どうも、

黒い糸をたばねた形、

に、説得力があるように思える。


(「玄」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%8E%84より)

「鳥」(チョウ)については、「鳥」http://ppnetwork.seesaa.net/article/458483418.htmlで触れたように、

象形文字で、尾のぶら下がった鳥を描いたもの、

である(漢字源)。


(「鳥」 https://kakijun.jp/page/tori200.htmlより)

因みに、尾の短い鳥は、

隹(スイ)、

で、

尾の短い鳥を描いたもの。ずんぐりと太いの意を含む。雀・隼・雉などの地に含まれるが、鳥とともに広く、とりを意味することばになった、

とある(仝上)。


(「鳥」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%B3%A5より)

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:玄鳥 つばめ

2021年12月16日

南枕


「南枕」は、

頭を南に、足を北へ向けて寝る、

つまり、

「北枕」の、

頭を北へ、足を南へ向けて寝る、

の真逆であるが、

河野備後守、搦手より攻め入る敵を支えて、半時ばかり戦ひけるが、精力尽きて深手あまた所負ひければ、攻め(口)を一足も引き退(しりぞ)かず、三十二人腹を切って、南枕にぞ臥したりける(太平記)、

と使われ、

北枕の反対で、成仏を拒む死に方、

と注記されている(兵藤裕己校注『太平記』)。

「北枕」は、

北枕に寝かせるのは「涅槃経(ねはんぎょう)」に、お釈迦さまのご入滅された時、頭を北にして顔を西に向けておられた姿をされたと書かれていることによります。また部屋の都合で北枕にできない時は西枕でもよいとされています。世界の仏教国ではこの風習があり、日本では「遺体は之を北枕に寝させ、今まで使用していた枕を除き、白布又はタオルを畳んで頭の下に敷く、顔面へは白布をかけ、枕元に屏風を逆に立て、小机の上に灯火と線香を供える。又魔除けのために刀を置き袈裟を遺体の上に置く」習俗が古代からありました、

とありhttp://www.hokkeshu.jp/faq/faq_02.html

頭北面西右脇臥(ずほくめんさいうきょうが)、

といい、

釈迦が入滅した時の姿。その姿にならって、人が死んだ時、死者を北枕にし、顔を西に向け、右脇を下にして寝かせること

とある(精選版日本国語大辞典)。

頭北面西、
頭北西面、
頭北西面右脇臥、

ともいう。『仏本行経』には、

仏、便(すなわ)ち縄床(じょうしょう)に在り、右脇にして倚臥し、面を西方に向け、首を北にして足を累(かさ)ぬ(仏本行経)、

とありhttp://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E9%A0%AD%E5%8C%97%E9%9D%A2%E8%A5%BF、インドでは身分の高い人物はこのように臥されるといわれる(仝上)が、しかし、

これは仏教が将来、北方で久住するという考えから“頭北”が生まれたものである。ただし、この説は北伝の大乗仏教のみで後代による解釈でしかない、

ともありhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%9E%95、また、

過去には中国でも北枕の風習があったと言われる。ただし、それは仏教に根付くものではなく、食中毒などの急死の際に、北枕に寝かせることで生き返ることがあったためである。この中国思想における北枕の思想は古墳時代初期における西日本の権力者の間にも伝わったと見られ、畿内・吉備・出雲における古墳被葬者に古代中国の宗教思想である「生者南面、死者北面」が流行したと考えられている

ともある(仝上)。仏教由来で、少し「北枕」の持つ意味が変わったようである。

日本では、釈迦の故事に因み、

死を忌むことから、北枕は縁起が悪いこととされ、死者の極楽往生を願い遺体を安置する際のみ許されていた、

とある(仝上)。つまり、

成仏、

を願う意図である。冒頭の、意識して、

南枕、

とするのは、それを願わぬ、という意志であり、深読みすれば、

魂魄この世に留まりて、

ということになる。「魂魄」http://ppnetwork.seesaa.net/article/456697359.htmlで触れたように、「こんぱく(魂魄」は、

人間の精神的肉体的活動をつかさどる神霊、たましいをいう。古代中国では、人間を形成する陰陽二気の陽気の霊を魂といい、陰気の霊を魄という。魂は精神、魄は肉体をつかさどる神霊であるが、一般に精神をつかさどる魂によって人間の神霊を表す。人が死ぬと、魂は天上に昇って神となり、魄は地上に止まって鬼となるが、特に天寿を全うせずに横死したものの鬼は強いエネルギーをもち、人間にたたる悪鬼になるとして恐れられた、

とある(世界大百科事典)。死後も戦い続ける意志とみられる。

風水では、北枕は、

頭寒足熱の理にかなった「運気の上がる寝方」とされており、「頭寒足熱」説は体にいいとされる根拠の一つとなっている。また、「地球の磁力線に身体が沿っていることによって血行が促される」とする説も存在し、心臓への負担を和らげるため体にいいとされる考えがあり、「釈迦が北へ枕を向けたのもそのため」とする説もある、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%9E%95が、

地球の磁力線は水平面に平行しているわけではなく、伏角(地球の磁力線と水平面との角度)と呼ばれる角度だけ傾いているため、北枕にして水平に寝ても「磁力線に身体が沿った状態」とはならない、

らしい(仝上)。

因みに、「南枕」は、風水では、

南枕はおすすめできません。自然の気の流れに逆らう方位でもあるため、熟睡できずにエネルギーも上手く補充できません。健康を損なう場合もあるのでご注意を、

とあるhttp://happism.cyzowoman.com/2012/01/post_377.html


(「南」 https://kakijun.jp/page/0920200.htmlより)

「南」(慣用ナ、呉音ナン、漢音ダン)は、「南」http://ppnetwork.seesaa.net/article/445223906.htmlで触れたように、

会意兼形声。原字は、納屋ふうの小屋を描いた象形文字。南の中の形は、入の逆形が二線にさしこんださまで、入れこむ意を含む。それが音符となり、屮(くさのめ)と囲いのしるしを加えたのが南の字。草木を囲いで囲って、暖かい小屋の中に入れこみ、促成栽培をするさまを示し、囲まれて暖かい意、転じて取り囲む南がわを意味する。北中国の家は北に背を向け、南に面するのが原則、

とある(漢字源)。別に、

象形。鐘状の楽器を木の枝に掛けた形にかたどる。南方の民族が使っていた楽器であったことから、「みなみ」の意を表す(角川新字源)、

形声。テントと、丹(タン→暖)を組み合わせたもので、家の中が暖かいという意味。転じて、南を表す。鐘の形がもとになっているhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8D%97

会意文字です。「草」の象形と「入り口」の象形(「入る」の意味)と「風をはらむ帆」の象形(「風」の意味)から春、草・木の発芽を促す南からの風の意味を表し、そこから、「みなみ」を意味する「南」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji150.html

等々の解釈がある。


(「南」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8D%97より)

「北」(ホク)の字は、「北ぐ」http://ppnetwork.seesaa.net/article/484709038.html?1638820800で触れたように、

会意。左と右の両人が、背を向けて背いたさまを示すもので、背を向けてそむくの意。また、背を向けて逃げる、背を向ける寒い方角(北)などの意を含む、

とある(字源)。



「枕」(慣用チン、漢音・呉音シン)は、

会意兼形声。冘(イン・ユウ)は、人の肩や首を重荷でおさえて、下に押し下げるさま。古い字は、牛を川の中に沈めるさま。枕はそれを音符とし、木を加えた字で、頭でおしさげる木製のまくら、

とある(漢字源)。音符冘(イム)→(シム)と音変化したらしい(角川新字源)。別に、

会意形声。「木」+音符「冘」。「冘」は、H字形のもので押しつけ「沈」めることを意味。頭で押しつける木製のまくらを意味したものhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9E%95

会意兼形声文字です(木+冘)。「大地を覆う木」の象形と「人がまくらに頭を沈める」象形から、「(木製の)まくら」を意味する「枕」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji2133.html

等々の解釈もある。共通するのは、「木製のまくら」とである。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:南枕 北枕

2021年12月15日

轍魚


「轍魚(てつぎょ)」は、

轍にたまった水の中で苦しんでいる魚、

の意で、

義貞が恩顧の軍勢等、病雀花を喰うて飛揚の翅(つばさ)を展(の)べ、轍魚の雨を得て噞喁(げんぐう 魚が水面に口を出して呼吸すること)の唇を湿(うるお)しぬと(太平記)、

と、

困窮に迫られているものの喩え、

に言う(広辞苑)。

轍鮒(てつぷ)、

とも言う。

轍鮒之急、
涸轍之鮒、

とも言うが、これは、『荘子』外物に、

莊周家貧、故往貸粟於監河侯、監河侯曰、諾我將得邑金、將貸子三百金、可乎、莊周忿然作色曰、周昨來、有中道而呼者、周顧視、車轍中、有鮒魚焉、周問之曰、鮒魚來、子何為者邪、對曰、我東海之波臣也、君豈有斗升之水而活我哉、周曰、諾我且南遊子呉越之王、激西江之水而迎子、可乎、鮒魚忿然作色曰、吾失我常與、我無所處。吾得斗升之水然活耳、君乃言此、曾不如早索我於枯魚之肆、

とあるのによる(字源)。常與は水、の意。貧乏な莊周(荘子)が、

貸粟、

と頼んだところ、監河侯が、

諾我將得邑金、將貸子三百金、

と悠長なことを言ったのに対し、轍の鮒を喩えて、莊周が、

昨來、有中道而呼者、

見ると、

車轍中、有鮒魚焉、

その轍の鮒に、

君豈有斗升之水而活我哉、

と、一斗一升の水が欲しいと求められたのに対し、

諾我且南遊子呉越之王、激西江之水而迎子、

と間遠な答えをしたところ、

鮒魚忿然作色曰、吾失我常與、我無所處。吾得斗升之水然活耳、

と鮒が憤然として、そのように言うなら、

枯魚之肆、

つまり干物屋で会おうと言われたといって、監河侯をなじったのに由来する(故事ことわざの辞典)。これは、

籠鳥の雲を戀ひ、涸魚(かくぎょ)の水を求むる如くになって(太平記)、

とある、

涸魚(かくぎょ・こぎょ)、

ともいう。

カク、

は「涸」の漢音で、「涸魚」は、

水がない所にいる魚、

の意で、

今にも死にそうな状態、必死に助けを求めている状態などのたとえ、

として使われ、「轍魚」似た意味であるが、「轍魚」より事態は深刻かもしれない。

涸轍(こてつ)、
涸鮒(こふ)、

ともいい、

涸轍鮒魚、

とも言い、出典は、上記「轍魚」と同じく『荘子』である(字源)。

小水之魚(しょうすいのうお)、
焦眉之急(しょうびのきゅう)、
風前之灯(ふうぜんのともしび)、
釜底游魚(ふていのゆうぎょ)、

も似た意味になるhttps://yoji.jitenon.jp/yojii/4389.html

なお、

涸魚(こぎょ)、
枯魚(こぎょ)、

と書くと、

かれうお、

とも訓ませ、

魚のひもの、干し魚、

の意となる(精選版日本国語大辞典・広辞苑)。



「轍」(漢音テツ、呉音デチ)は、

会意兼形声。旁(音 テツ)は、さっと取り去る、過ぎ去るの意を含む。轍は、それを音符とし、車を加えた字で、車がさっと通りすぎた跡、

とある(漢字源)。



「涸」(慣用コ、漢音カク、呉音ガク)は、

会意兼形声。古は、頭蓋骨を描いた象形文字で、かたく乾いた意を含む。固は「囗(四方を囲んだ形)+音符古」の会意兼形声文字で、周囲からがっちり囲まれて動きの取れないこと。涸は「水+音符固」で、水がなくなって堅くなること、

とある(漢字源)。


(「涸」 説文解字・漢 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%B6%B8より)

参考文献;
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:轍魚